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ビターチョコ①

彼女が泣きながらチョコの包みを抱えて、私の家を訪れたのは2月の初めの週末の事だった。
昨年彼女の高校受験のために私は家庭教師をしていて、彼女の顔を見るのは合格発表以来の事だった。連絡もなく声もあげずに泣きながら姿を見せた彼女に驚きはしたものの、知らない仲ではないのでひとまず部屋に通した。慣れた足取りでソファーに向かうのを見届けながら、ひとまずやかんを火にかける。お茶を入れるためにというのはただの口実にしか過ぎず、キッチンとリビングで少し離れて立つことによって何をどう聞くべきか考えるためでもあった。
10代の1年間というのはこんなにも大きいのかと思えるほどに彼女は大人びて見えた。高校に入って薄化粧を覚えたのか唇にはうっすらと艶があった。目元はさほどメイクをしていないのか泣いていても崩れたあとが見えない。中学の頃はショートカットにしていた髪もながくのびて艶やかに手入れがされている。以前からかわいい子だなと思って見てはいたが、1年経って改めてきれいな子だなと思った。
「コーヒーと紅茶とココアとほうじ茶でどれがいいかしら」
カップを選びながら聞くと喫茶店みたいと彼女は小さく笑った。そして、ココアがいいとささやくように言う。砂糖追加の甘い甘いココアよね、と心のなかで返す。
いつ出番が来るのかと今か今かと待ちわびていたココアの箱をあける。自分のためにはコーヒーを濃いめに入れた。
「何があったか聞いてもいいのかしら?」
彼女の隣に腰かけて顔を覗きこむとすっと目線をそらされた。聞いてほしくないのか、それとも悩んでいるのか。それとも…
彼女がじっとココアの水面を見つめている間、私は彼女が何か言ってくれるのを待つことにした。ちょうど仕事も休みで出かける予定もない。時間が遅くなったとしても彼女の親に一言泊める連絡をすればいいだけのこと。時間はたっぷりある。
「今日、みんなでチョコを買いに行ったんです。バレンタインの」
少し掠れた声でためらいがちに彼女は話し始めた。その手元には華やかなデザインの紙袋があった。百貨店のコマーシャルで聞いたことのある有名なショコラティエのいるブランド名がかかれている。高校生が買うものとしてはいささか高級品ではないかと老婆心が疼く。