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恋とか愛とか好きとか②

明里が他の人の話を小耳に挟みながら酒を呑むのが嫌いというので、いつからか個室居酒屋で呑む習慣が出来上がっていた。料理がそれなりにおいしくお酒もほどほどに濃く種類もあり、そしてなにより時間無制限で飲み放題という店を見つけてからよく通っている。コースにしても3,000円前後と安いため常に若い人達が群がっている。私たちはちょっとだけずるい大人のため、事前に連絡をいれることによってスムーズに席に通された。当日でも直前でも電話1本入れるだけで待ち時間はかなり変わるんだぜ?と入り口で素直に長時間待たされているであろう若者たちの前を通りながら考える。
「最初のドリンクはいかがいたしますか?」
私たちを個室まで案内してくれた店員が入口に立ち端末を覗きながら待っている。
「とりあえず生2つで」
明里の声に店員がかしこまりましたーとなげやりに返す。その声とは裏腹に襖を丁寧に音もなく閉めていった。通路からの音が遮断されて少しだけ室内が静かになる。小さい和室に掘りごたつという完全個室とはいえ他からの音が完全に聞こえなくなるわけではないが、直接会話が聞こえるわけではないので声に輪郭がない。時々鋭利な声がとんできてびっくりすることがないわけではないが。
上着をハンガーにかけ。鞄を適当に奥に追いやり。明里と向かい合わせになった瞬間にため息が落ちた。
「今日はどこまで聞いて欲しいんだい?」
「そう…ねぇ…」
まばたきをしながら考えてみた。喫茶店で泣きながらもう会えないと言ったあの人。一言も私のことを好きだとは言わなかったあの人。思い上がりかもしれないけれど、それでも私はあの人から私に対しての恋愛感情は受けとることができた。なぜだろう。どうしてだろう。好きという気持ちが微塵も理解できない私がどうして。
「好きってなんだろう…」
「まだそれを言っているのか、君は」
明里は苦笑いをこぼしながら皮肉めいた口調で言った。まぁ確かに出会った中学生の時の頃から話しているわけだから、彼女にとっても私にとっても聞きあきた話であることは間違いないのだけれど。
店員がノックと共に入口をあけてビールを置いていった。実にそっけない対応。丁寧に対応されるよりも私的にはちょうどいい。
「ま、とりあえず今日は呑もうか」
入口に近い明里がテーブルにビールを乗せてくれた。
「そうね♪とりあえずビール呑んだら~カルーア呑んで梅酒も呑みたいし~他のカクテルも呑みたいし~」
歌うように呟きながらお酒のメニューを手に取る。時間無制限の飲み放題だというのにワインからカクテルからウイスキーや日本酒まで、そしてインターバルを置くためのノンアルコールのカクテルも揃えていてくれてる。呑兵衛の私にとっては楽園のようなお店。
楽しくメニューを見ていたら明里が苦々しい声で、ほどほどにしてくれよ?と呟いた。