見出し画像

恋とか愛とか好きとか③

感情なんてもういらないよ、という歌をどこかで聞いたような気がする。どこで聞いたかはもう忘れてしまった。でもその歌詞はずっと私の中に残ったままだった。感情がなければこんなに思い悩むこともなくて済むのに。…あぁ、でも苦しみだけではなく楽しいこともわからなくなってしまうのか。それはやだな。
杯をいくつか重ねているうちに無性に腹が立ってきた。勝手に好きになられて。勝手に振られた感じになって。そしてなんで今自棄酒なんてあおってるのか考えてしまったら。
「めっちゃむかつくんですけど!」
言葉にしたら少しスッキリした。
明里は苦笑いを浮かべながら頷いた。2杯目のカシスオレンジを未だにゆっくりと呑んでいる。
「まぁ、とりあえず気が済むまでのみなさいよ。寝てしまったら置いてくけど」
「ひとでなしー。つれてかえってよー」
「いやだ、あなたの方が身長あるもの。担ぐなんて無理だな」
「それでもどうにかするのが親友じゃないの??」
「親友だったかな」
明里とのいつものやり取り。その言葉で私がふてくされて寝た振りをするまでがルーティーン。
「…なんていうかさぁ…」
明里は既にある程度の事情を知ってくれているのでその上で言葉を探す。その男とはライブハウスで知り合ったこと。インディーズのバンドをメインに追いかける趣味を持っていたこと。あの狭いハコの中で発生する仲間意識の中で、私と彼がそういう関係なのではと認識され始めていたこと。…そして、私がその空気を何よりも毛嫌いしているものだということ。
ライブは好き。でもライブハウスの中に発生するあの独特の身内意識は何年通っても慣れない。真ん中に入り込んでしまえば楽しくなるのだろうか。
「人間関係ってくっそめんどくさいよね」
胸の中に発生した苦いものを梅酒で飲み下す。グラスが空になりそうだったので、タブレットから次のお酒を注文する。店員を呼ばなくていいので便利だね。とりあえず次も梅酒のロックで。グラス交換制なので店員が来る前に飲み干さなくては。
「恋愛から話がとんだな」
「とんでないわよ、恋愛だって人間関係のひとつだもの」
まぁ確かにそうかと明里が言い淀んだ。彼女にしては珍しい歯切れの悪い言葉。
「私にとっては恋愛は感情の中のひとつなんだよな。うまく言えないけれど」
じゃあなんとかうまく説明して見せてよと言うと、明里はしばらく時間をくれと言って考え込んでしまった。