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◆掌編小説.《逆転裁判》

 孫娘を殺害した容疑で12歳の少年が起訴された。まだ未成年であるにもかかわらず、無情にも少年は法廷に引っ張り出されたのである。

 これは、あまりに無茶な罪状であった。

 無茶であるがゆえに、弁護を引き受けた弁護人は、法廷であえて少年の素行の悪さ、性格の悪辣さ、神をも恐れぬ残忍さ、そして過去実際に彼が犯してきた犯罪の数々をあげ連ね、被告が間違いなく有罪であると主張した。

 驚いたのは原告の検察官である。

 本来であれば少年を擁護し、彼の罪を軽くするために弁舌を尽くすのが弁護士としての役目であろうに、なぜ被告を信じる事が出来ないのか。少年は間違いなく無罪であると真っ向から弁護士を否定した。

 検察官と弁護士の主張は真っ向から対立した。

 審理に立ち会っていた13名の陪審員たちの意見も真っ二つに割れ、有罪派の陪審員も無罪派の陪審員も、全くの同人数に別れて互いに譲り合わなかった。

 遂に原告の検察官が決定的な証拠を突き付けた。
 被告は殺害時に犯行現場にはいなかった――完璧なアリバイが成立するという物的証拠を示す事で、被告は無罪であると証明したのである。

 弁護士はすぐさま異議を唱えた。
――裁判長、あれは証拠にはなりえません。なぜならあの物証は私が捏造したものだからです。捏造した証拠もあります。あの証拠は真赤な偽物です。

 検察官は憤然と立ち上がって反論した。
――弁護人の主張は成り立ちません。彼がこの証拠を捏造したという主張は口からの出まかせでしかありません。なぜならこの証拠は弁護人が捏造したものではなく、私自身が捏造したものだからです。
 彼が証拠を捏造した証拠は、彼が捏造したものに違いありません。私こそ、自分が証拠を捏造した証拠を持っています。

――裁判長、お話になりません。検察官が証拠を捏造した証拠は、彼が捏造したものに違いありません。なぜなら、彼が証拠を捏造した証拠を捏造した証拠を、私は持っているからです。

――いえいえ、裁判長。弁護人が、私が証拠を捏造した証拠を捏造した証拠を持っているという話は彼の捏造に違いありません。

 こんな調子で被告側も原告側もあまりに出鱈目な意見ばかり延々に続けるので、裁判長は遂に激怒した。
 彼は座っていた椅子を蹴倒し、大声で検察官に罵詈雑言をあびせかけ、差別用語を交えながら弁護士を口汚く罵った。

 裁判長は法廷侮辱罪によって、すぐさま裁判長自らの手で法廷からつまみだされてしまった。

 判決を言い渡す裁判長がいなくなってしまった事で困惑した残りの裁判官は、公平を期すために被告の少年自身に自らの判決を言い渡すよう命じた。

 最終的に被告の少年は、自分は有罪でも無罪でも、どちらでもないとの判決を下した。

 有罪でも無罪でも無い彼は、その場で自らの首を噛み切って自殺してしまった。

 傍聴席で裁判の行方を見守っていた一般市民らが、口々に閉廷を宣言した。

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