ショートショート『Win-Winな靴屋』
どうせ、すぐダメになる安物の靴ばかりなんでしょ?
「いえいえ、当店の商品はすべてイタリア製の本革靴のみとなっております」
本当に、これがすべて1000円なの?
「はい。値札に書いてある通りです」
そりゃすごい。いいお店を見つけちゃったな。
「ただし、ひとつだけ条件がございます」
やっぱりね。そんなに上手い話なんてありえないと思ったよ。
「これらの靴は、所有権が当店のままとなっておりまして、お客様にはお貸しするだけという形になります」
レンタルってこと? 期限とかあるの?
「いえ、お客様が靴をお気に召さなくなったり、新しい靴が欲しくなったときに返却いただければかまいません」
追加料金とか、かからないの?
「はい。月額料金などもございませんので、正真正銘1000円のみでお好きなだけご使用いただけます」
実質、購入してるのと変わらないじゃん。
「ご利用なさいますか?」
もちろん。この靴でちょうどいいサイズはある?
「在庫も種類も豊富にご用意しておりますのでご安心ください」
楽しみだなあ。
「あと、こちらは強制ではありませんが、定期的にご足労いただけますと、無料で靴のメンテナンスも行わせていただきます」
え? メンテもタダでやってくれるの?
「はい。私どもで自分が所有する靴の手入れを行うというだけですので」
そりゃあいい。ぜひ頼むよ。
「またのご来店を心よりお待ちいたしております」
*
「いらっしゃいませ」
やあ、さっそく来ちゃいました。
「靴のメンテナンスですね。お任せください」
よろしくお願い。
「見たところ、特に傷などもなく綺麗にご利用なさっておられるようで」
あくまで借りてるだけってことを意識すると、自然と荒っぽく扱わないように注意するのかな。
「履き心地のほうはいかがですか?」
これまで安物の合皮靴しか履いたことなかったから、こんなに違うものかと驚いたよ。
「最近は合成皮革も質の良いものが多くなっておりますが、見る目のある方にはすぐに見抜かれてしまいますからね」
そうそう。この前、取引先の社長に声をかけられてさ。「その若さでしっかり足元にまでこだわってるなんて、見どころがあるやつだ」って褒めてくれたんだよ。
「特に昔気質の方は、仕事相手の足元をまず見るそうですから」
おしゃれは足元からって、本当なんだね。
「ついついおろそかにしがちな部分でもありますから、余計に差が出るのでしょう」
おかげで取引もスムーズに進められたし、ホント靴様々って感じだよ。
「そう言っていただけますと、こちらも嬉しくなりますね」
これからもちょくちょくメンテをお願いすると思うけど、大丈夫?
「ええ。いつでもどうぞ」
*
靴の手入れって、やっぱり難しいのかなあ。
「ご興味がおありで?」
ここでメンテしてもらったばかりの靴の感触を覚えてると、ちょっとの汚れやくすみが気になっちゃって。
「わかります」
自分でも道具を買ってみたんだけど、ちっとも上手くいかなくてさ。
「よろしければ、やり方をお教えいたしましょうか?」
いいの?
「ええ。普段からしっかりお手入れしていただけるのでしたら、こちらとしてもありがたいので」
最近は仕事が忙しくて、あまり頻繁に顔を出せなくなってるからなあ。
「こういったものは、こまめに手入れしたほうが面倒も少ないですからね」
道具選びのコツとかってある?
「こちらで使っているものでしたら、格安でご提供できますが」
本当? 実は、ずっと気になってたんだよね。他の店で探しても見つからないし。
「当店で独自開発したものですからね。定期購入などもできますので、よろしければご利用ください」
うん。試してみるよ。
* * *
「この靴も、ご利用になられてもうずいぶん経ちますね」
そうだなぁ。こんなにひとつのものをずっと使ったのって、初めてかも。
「新しい靴に取り替えようと思ったことはないのですか?」
うーん。これだけ長く履いてると手放しづらくって。
「わかります」
毎日のように手入れもしてるから、愛着も湧く一方でさ。傷とかもあるけど、それも思い出のひとつみたいなもんだし。
「わかります」
新品の革靴もいいだろうけど、このなんとも言えない味わい深さは出せないからなぁ。
「本革の道具は『育てるもの』と申しますから」
本当に使えなくなるまでは履き続けようと思ってるんだよね。
「大切にしていただけて、感謝の念が絶えません」
それで、ひとつ相談があるんだけど。
「なんでしょう?」
この靴、買い取ることってできないかな?
「お客様が、ですか?」
やっぱり「自分のものじゃない」ってのが、年々気になってきちゃって。
「定価との差額をお支払いいただく形になってしまいますが、それでもよろしいのですか?」
正直、じゅうぶん元は取れてるからなぁ。これが僕のものになるのなら、その何倍の料金を出してもいいくらいだよ。
「かしこまりました。いつものシューケアセットも、サービスでお付けしておきますね」
おっ、ありがたい。ちょうど切れそうだったんだ。
「また何かお困りのことがございましたら、いつでもご相談ください」
うん。もしもこの靴が使えなくなったら、次の靴もこの店で買うことにするよ。
「ありがとうございます。今後ともご贔屓のほどを」
本当に良い買い物だったなぁ。――知り合い連中にも紹介しまくってよかった、よかった。
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