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【先行配信】『サリの物語』第2章 許されない想い~3

『あやおり工房楽屋裏』、今回は先行配信になります。
長編ファンタジー小説『サリの物語』を、小説投稿サイトの更新よりも一週間早く、お届けします。

『サリの物語』は、貴族の娘でありながら、父の失脚後に騙されて売られ、奴婢となった少女が幸せをつかむまでの物語です。
序章・1章では、奴婢となるまでと、そののち主一家が亡くなり、都の貴族の奴婢となるまでが描かれます。
続く2章は、貴族の屋敷での日々となるわけですが……。
なお、これまでの物語は、以下からお読みいただけます。

それでは、続きをお楽しみください。

第2章 許されない想い~3

 一方。
 バイロンを摘んで嬉々として離屋に向かった男は、門の中に足を踏み入れた途端に、そこに待ち構えていた年嵩の男と、対面するはめになっていた。
「若様、共も連れずに、どこへお出かけでしたので?」
 両手を腰にあて、怖い顔で男は尋ねる。
「あれ? 言わなかったっけ? 薬草園へバイロンを摘みに行っていたんだ」
 若様、と呼ばれた男は笑って答えると、腰に吊るした小さな籠の蓋を開けて見せた。
「見てくれ。これだけあれば、充分お茶にできるだろう」
「それはようございました。ですが、いくら屋敷の敷地内とはいえ、一人で行動するのは、おやめください」
 年嵩の男はそれへ、なおも言う。
 『若様』はこの離屋の主、フェル伯爵ベルトランの一人息子クレマンだった。
 そして出迎えたのは、彼の侍従長を務めるライオネスである。
「わかったわかった。次からは、誰かを連れて行くよ」
 答えてクレマンは、小さく肩をすくめた。
「たしかに、誰か連れて行った方がよかったかもしれないな。あの奴婢の娘がいなかったら、私は危うく毒を口にしていただろうし、そうでなくとも、これほど早く薬草を籠一杯にすることは、できなかっただろうからな」
「毒を口にしかけたですと?!」
 彼の半分独り言めいた言葉に、ライオネスはひっくり返った声を上げる。
 それを見て苦笑しながら、クレマンは薬草園での出来事を簡単に話した。
 話を聞いて、ライオネスは大きな溜息をついた。
「……本当に若様、次からは誰か従者を、それも薬草園に行かれる時は、薬草に詳しい者をお連れになって下さいませ」
 言って、彼は思い出したように顔をしかめる。
「それにしても、奴婢と直接言葉を交わすなど……」
「しかたがないじゃないか。その場には、私とその娘の二人しかいなかったんだから」
 言いながらクレマンは歩き出した。
 ライオネスも、そのあとに従う。

 離屋も、基本的な建て方は母屋と同じだ。
 三階建てで、一階に居間や食堂、執務室があって、二階に主の寝室や書斎がある。三階は使用人や奴婢らの住居だ。
 玄関から中に入り、そのまま厨房に向かおうとする主を、ライオネスは慌てて止めた。
 主の手から薬草の入った小さな籠を奪い取り、使用人を呼んでそれを料理人に渡すように命じる。
 貴族の屋敷では、基本的にお茶などはそれを商う商人から買うのが常だ。
 ただ、この屋敷のように、薬草園がある場合、そこで採れた薬草をお茶や薬に加工して使うこともある。とはいえ、それらは奴婢や薬草の知識のある使用人の仕事だ。主自らやることではない。
 籠を手に立ち去って行く使用人の姿に、クレマンは小さく溜息をついた。
「せっかく自分でお茶にしてみようと思ったのに……」
「葉からお茶を作るのには時間がかかります。そうしたことは、料理人や奴婢らにお任せ下さい」
 残念そうに呟く彼に、ライオネスは言う。そしてふと思い出したように続けた。
「それにしても、その薬草園にいた奴婢の娘は、ずいぶんと薬草に詳しかったようですな」
「ああ。サリと言っていたから、父上がラ・ノビアから連れて来た者だろう」
 居間に入り、ソファに腰を下ろして、クレマンはうなずく。
 サリが屋敷に連れて来られたころ、彼は都を留守にしていた。
 宰相府の仕事で、地方で作られた昔の書類を調べるため、北方にあるザイムの街に出かけていた。そして、ようやくそれが終わり、最近都へ戻ったばかりなのだ。
 なので、サリのことも、留守を守っていたライオネスから簡単に聞かされただけだ。
 しかも彼女のことは、父が懇意にしていた商人のテイメン・ポストが死んで、生前に頼まれていたので買い取った奴婢である、といった程度のことしか知らなかった。
「ああ、それで」
 ライオネスも、主の言葉に納得する。
 茶葉商人の元にいた奴婢ならば、お茶や薬草に詳しいのは当然だろう、といった認識だ。
 そんな侍従を見やってクレマンは、ソファに深く身を預けた。
(きれいな子だったな。……それに、他の奴婢たちはたいてい顔を伏せて、こちらを見ようともしないし、はっきりものも言わないけれど、あの子はこっちをちゃんと見て、はきはきと話してくれた)
 薬草園で話したサリの姿を思い出しながら、彼は胸に呟く。
 奴婢が貴族を前にして顔を伏せるのも、はっきりものを言わないのも、それが不敬に当たるのでしてはならないとされているからだ。
 貴族によっては、奴婢どころか平民ですら、直答を許さない者もいる。
 極論すれば、奴婢が貴族に対して言っていいのは、「はい」だけなのだ。
 奴婢の多くは、それを知っているし、咎められたり罰せられたりするのを恐れて、貴族やそれらしい身なりの良い者の前では顔を伏せ、話さないことを徹底する。
 ただ、貴族の嫡男として育ったクレマンは、そうしたことを理解しているようで、わかっていなかった。
 奴婢たちの態度が慣習や保身から来るものとは思わず、奴婢とはそういう卑屈な者たちなのだと思っている部分があった。
 なので、サリの態度が彼には、新鮮に映ったのだ。
 どこか楽しげに、サリとの出会いを思い返している彼を、ライオネルはいささか心配げに見やっていたが、当人はまったくそれに気づく様子はないのだった。

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