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仲間が欲しい

カフェに行った際のことだ。

経営している夫婦と1人の常連客らしき人が新聞を読みながら、仲睦まじげに団欒している姿をみる。

どこにでも溢れているであろう光景だ。
だけどその時は羨ましいなぁと思った。
俺もこういうのが欲しいなぁと。

過去の自分に思いを馳せる。

今までの人生を振り返った時、充実感を抱いて生きてたときは必ず一緒に何かを楽しめたり打ち込める仲間の存在がいた

自分にとってそう思える時期の一つが小学校中学年くらいの頃だ。

そのときは近所にいる同年代の子達が自分にとっての仲間だった。

毎日夕ご飯の時間になるまで遊んだ。

ドッジボールや木登り。
鬼ごっこやかくれんぼ、ペケポンやグリコ。
自転車で遠出もした。
生き物を捕まえに狩り出たり携帯型ゲーム機を持ち寄り場所なんか関係なく通信対戦。
誰かの家に行ってお菓子パーティーをしたり、駄菓子屋に行って当たり付きのやつを買って競い合う。

今ではあんまり見なくなった光景だが自分の少年時代はこういうことばかりしていた。

今振り返ってもこの時期はめちゃくちゃ楽しかった。

高校の頃もそれなりに楽しかった。
部活のメンバーがいたからだ。
当時の自分にとっては仲間といえる存在だったなと思う。

部内のみんなと馬があった訳じゃなかったけど、気の合う奴と真剣にスポーツに打ち込んでた日々は楽しかったな。

今でも俺は仲間が欲しい。

自分の気の合う人たちと集まって冗談を言い合ってバカなことがしたい。
今も昔と変わらずにそう言うのを求めてる。

おそらく他者と感情を共有し共感する瞬間に歓び(エクスタシー)を感じるからなんだろうな。

これからまた作れるだろうか。
いや作っていきたい。
自分が本当に手に入れたいものは、そういう曖昧なものなんだ。




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