オプション取引の理論を人事に応用してみる 後編
売り手と書い手のリスク
前回からの続きです。
オプションには売り手と買い手が存在し、それぞれリスクとリターンが異なります。人事に置き換えると、オプションの売り手は求職者、買い手は企業に該当するでしょう。(ちなみにコールオプションを想定しています)
オプションの買い手(企業)はプレミアム(給与)を支払い、原資産価格(従業員の実際の成果)が行使価格(従業員に期待した成果)を上回ると利益を得ます。一方で、オプションの売り手(従業員)はプレミアム(給与)を受け取るかわりに、原資産価格(従業員の実際の成果)が行使価格(従業員に期待した成果)を上回ると損失を出します。
本来のオプション取引では売り手の損失は金銭的な損失ですが、この場合の従業員側が被る損失は、直接的な金銭の損失と言うよりは買い叩きという間接的な価値の損失と言えるでしょう。無論、企業側にも言い分があり、原資産価格が行使価格(とプレミアムの合計価格)を下回れば直接的な金銭の損失となるので、リスク相応の利益を得る権利はあるでしょう。
売り手の利益は限定、損失は無限大
興味深い事実として、オプション取引においては売り手の利益はプレミアムに限定、損失は無限大という点があります。先ほど見たとおり、売り手は原資産価格が行使価格を上回るほど損失を被るにも関わらず、原資産価格には天井がありません。
人事に置き換えても同じだと思います。仮に年収500万の営業が会社に5000万円の利益をもたらす契約を獲得したとしても、せいぜい昇給や賞与に色が付く程度で5000万円の利益がそのまま懐に入ることがないのと同じです。
人事では、売り手の最大の利点は任意のタイミングで売り先を変更できること
利益が限定されるのに損失が青天井という可哀想な売り手ですが、売り手には最大の武器があります。それは任意のタイミングで売り先を変更できるということです。本来のオプション取引では書い手から買い戻す必要がありますが、人事ではプレミアム(給与)を放棄する代わりに一方的に買い手との関係を解消することができます。つまり、退職(プレミアムの放棄)と転職(別の買い手に売る)です。
原資産価格が行使価格を上回っている状態が長く続くほど、売り手が搾取されていると感じて売り先を変更する動機が高まってくるでしょう。買い手としては行使価格を再評価してプレミアムを再計算する必要に迫られます。それが昇給であり賞与に該当すると思われます。その際には前回の記事で説明した、ベガ、セータなどのリスクパラメータの出番となるでしょう。
おわりに
売り手が売り先を変更(転職)しても同じプレミアム(給与)が手に入るとは限りません。前回の記事で説明しましたが、転職者はセータなどの時間的価値を既に消費してしまっているため、評価の軸が本質的価値の勝負になっているからです。行使価格が同じであれば、満期が短いものほど時間的価値は失われていきます。買い手の目線では利益を得る可能性(原資産価格がプ行使価格とプレミアムの合計価格を超える可能性)が減っていくからです。
転職者が本質的価値の勝負に自信があれば、新たな売り先でも相応のプレミアムを得ることは可能でしょう。人事では時間的価値で勝負するのではなく、本質的価値で勝負することが本来の姿であると思います。