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歴史映画『Henri 4 / Henry of Navarre』(2010 仏) ~小説『アンリ四世の青春/完成』をコンパクトに映像化した大河ロマン総集編

ShowboxEntertainment による公式動画

フランス国王アンリ四世の生涯を描いた、ハインリヒ・マンの小説をモチーフにした映画。2010年のドイツ映画賞ノミネート作品。その関係か、原語はフランス語ですがドイツ語吹替版もあります。残念ながら日本では公開もDVD化もされていないので、海外から取り寄せて観るしかなさそうです。

アンリ四世関係の日本語の本は殺人級に分厚く且つ読みにくいものばかりなので、英語字幕DVDを観られる環境にあれば、アンリ四世の生涯をコンパクト(それでも2時間半)に追うのに最適な映画です。類似の作品に『王妃マルゴ』がありますが、これはアンリ四世がフランス王位に就く「前」までの話なので、『Henri 4』の前半は『王妃マルゴ』との比較を、後半は『王妃マルゴ』に描かれなかった部分を、と、2つの楽しみ方ができます。


Henri 4 / Henry of Navarre (2010)

出演: Julien Boisselier, Armelle Deutsch, Chloé Stefani ほか
監督: Jo Baier
言語: 仏語
字幕: 英語
製作: ドイツ、フランス、オーストリア、スペイン
公開: 2010/7/4
時間: 155 分

ヨーロッパ製のDVDは日本とリージョンコードは同じですが、テレビシステムの違いでテレビでは観ることができません(PCでは可能なことが多いです)。管理人が購入したのはフランス語(英語字幕)版。

鑑賞メモ

冒頭は、子供時代のアンリが預言者ノストラダムスから「この子は王になる」と言われたエピソードからはじまります。とはいっても子供時代からその死までを扱うので、若年期は「いろんな戦いの中で大きくなったよー」といった感じにばっさり端折られ、一気に1572年へと跳び、アンリと王女マルゴの結婚から「聖バルテルミーの夜」の場面へと移ります。

その後は、単にずらずらとアンリの一生を追っていく、というよりは、アンリを取り巻く三人の女性に焦点を当て、彼女たちとの関係を軸として史実のほうがそれを補足する要素のような構成です。

  1. 最初の妃マルゴ

  2. 愛人ガブリエル・デストレ

  3. 二番めの妃マリー・ド・メディシス

マルゴの場合、彼女ひとりというよりその一族、いずれも曲者揃いの国王一家との関係と、やはり何より「聖バルテルミーの夜」がハイライトです。フランスの実質的支配者である母后カトリーヌ・ド・メディシス、気の違ったようなシャルル九世、威勢ばかりよくてその実気弱なアンリ三世。駆け足なのでひとりひとりがあまり掘り下げられておらず、コリニー提督もギーズ公もほとんど無個性ですが、その分シャルル九世の気違いっぷりが引き立っています。

ガブリエルは、アンリの永遠の恋人…の立ち位置ですが、映画版ではちょっと打算的な面を強調して描かれているでしょうか。アンリの忠実な部下ロニー(のちのシュリー公)との確執を際立たせる演出のためか、一族のために地位をねだるなど権勢欲が目立つ印象です。なので、その死後に取って付けたように美化されてもあまりピンときませんでした。原作とくらべてちょっと残念。

逆にマリー・ド・メディシスは映画版のほうがわかりやすいキャラクターです。年増のおぼこ娘、そしてやきもち焼き、という感じが良く出ています。愛情はもちろんのこと、マルゴとの間には辛うじてあったような理解や共感も一切なく、アンリとの間にあるのは義務感と互いの反感だけです。この時代は大掛かりな戦争や内戦も終わり、外交や陰謀事件が主体になってくるので、あまり重点はおかれておらず展開も早いです。

クートラにあるモニュメント「アンリ四世の井戸」 In Wikimedia Commons

戦闘シーンは、3つの戦いがピックアップされています。

  1. 「聖バルテルミーの夜」(1572)

  2. クートラの戦い(1587)

  3. アミアン攻囲戦(1596)

「聖バルテルミーの夜」は戦闘というより虐殺ですね。パリの街中での混乱です。

戦闘らしい戦闘はクートラの戦い。この時期のフランスにまだこんなに野戦砲無いよ、というツッコミさえ置いておけば、『アラトリステ』最終シーンのロクロワの戦いに近い騎兵とテルシオの戦いが描かれます。いかんせん短いのが残念。

アミアン攻囲戦は趣向を変えた表現。戦闘中、馬車の中に隠れているガブリエルの目から見た戦闘シーンです。馬車に伝わる衝撃、帆布に映る影、叫び声や砲声だけで外の戦闘を描き、「見えないからこその恐怖」を演出しています。これはなかなか良かった。

全体的にはやはり、原作の長さからして大河ドラマレベルなので、年末の大河ドラマ総集編的な物足りなさはあります。が、総集編と同様、エピソードの取捨選択はこなれていて必要最低限は押さえている感じです。ただし、ロニーとマリーの役割がそれぞれ原作よりも一歩踏み込んだ重要性を持っているので、ここは賛否両論あるところかもしれません。


歴史小説『アンリ四世の完成』

著者: ハインリヒ・マン (著), 小栗 浩 (翻訳)
出版社: 晶文社
サイズ: 単行本
ページ数: 780p
発行年月: 1989/02/20

読書メモ

1973年訳の『アンリ四世の青春』の続編。もとはいずれもハインリヒ・マンの1935/1938年の小説の翻訳です。2010年映画の原作ではありますが、前編にあたる『青春』・後編にあたる『完成』合わせて1300ページ近くにおよぶ大著なので、管理人が読んだのは『完成』のみです。『完成』は、アンリ四世は王位に就いた直後で、その即位を認めないカトリック同盟との戦いに挑むところから始まっています。

登場人物の大半が史実人物で構成されています。『アンリ四世 自由を求めた王』のような伝記ではなく、あくまで小説なので、本来会ったはずのない人物と会っていたりなど、史実に無い場面もいくつかあります。人物たちの台詞の割合も多く、キャラクターとしてある程度特徴的な性格付けがされており、そのため作者(または主人公のアンリ四世目線)から見た善悪・好き嫌いのイメージが極端な人物も居ます。

Georges Rouget (1824) 1590年8月パリ攻囲時のアンリ四世(歴史画)

また、小説として文学系の訳者による訳なので、フランス史関連はともかく、周辺国史等の訳出については若干あやしいです。ネーデルランド地方に関していえば、「オランダ(共和国)」「(スペイン領)南ネーデルランド」と、「オランイェ家」「ナッサウ家」をごっちゃにしていたり別物にしていたり、字面だけを訳しているのか定義が統一されていない気がします。称号についてもPrinz(公)が「王子」「親王」なんて訳されていて、王子だらけになっています。本筋に関係ないとはいえ、この時代の基礎知識および国際情勢を知らないと混乱してしまうかも。(ちなみに、アンリと話をしている「ナッサウ」は、注にフレデリク=ヘンドリクか?なんて書いてあるけれど、ナッサウ伯ユスティヌスのことです)。

ついでにオランダがらみでいうと、アンリ(というよりその妹カトリーヌ)の幼馴染としてルイーズ・ド・コリニーがちょい役で何度か登場します。ユグノーとしての理想を体現している女性として、また、ガブリエルの数少ない理解者として比較的好意的に描かれています。が、原書そのものの誤解なのか、さらにそこに訳のまずさが重なってか、第五章で彼女が語るマウリッツ像はかなり史実とかけ離れた批判となっています。逆に前半の、アンリが印象として持つパルマ公の描写はなかなか面白い。

Unknown (17th century) 棄教証明書にサインするアンリ四世

ざっくりとした全体の内容としては、前半は、「決死の跳躍」というフレーズが何度も出てくるように、プロテスタントのアンリがカトリックに改宗することで内戦の決着をつけようとする葛藤がメインテーマです。中盤はガブリエルが周囲から徐々に憎まれ孤立していく様を、後半はガブリエル同様に今度はアンリ自身が敵を増やし身辺が危険になっていく様子を描いていて、正直どんどん娯楽性からは遠ざかっていきます。

ところで映画ではすっぱりスルーされているエピソードのうち、最晩年の「ユーリヒ=クレーフェ継承戦争」のくだりは、このサイトの「ユーリヒ=クレーフェ継承戦争 番外編」でもご紹介しています。この小説の全体としてガブリエル礼賛が目立つので、シャルロット=マルグリット・ド・モンモランシー嬢は頭の軽い小娘としてのみの扱いに留まっています。


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