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『ジェニーの記憶』の記憶

※決定的なネタバレはほぼありませんが、予備知識なしで鑑賞したい方はご遠慮ください

Amazon Primeで『ジェニーの記憶』を観た。ひと月ほど前のことである。
衝撃がようやくおさまり、感想を言葉にできるまでに至ったので、レビューの筆をとることにした。

原題は『THE TALE』。物語、というシンプル極まりないタイトルである。

Twitterで本作を紹介した漫画が拡散されていて、未成年者への性的虐待がテーマであることや、映画としての手法が斬新かつテクニカルであることや、ジェニファー・フォックス監督の実体験に基づいていることを知った。

観るまでに、長いことためらった。
トラウマになりそうだという恐れと、女児を持つ親として観ておかねばなるまいという気持ちが葛藤した。最終的に後者が勝った。

観ると決めた後も、直前までネタバレサイトを読んで回った。
映画に限らず、鑑賞する前にネタバレを漁るのは自分にしては稀なことなのだが、これは予習と覚悟が必要な作品だという見立てがそうさせた。
結果的にそれは正解だった。鑑賞時の衝撃度をかなり和らげることができたので。

13歳の“初恋”は本当に恋だったのか?監督自身の体験を元に性虐待の問題を描いた衝撃の実話ドラマ。
主人公ジェニファーが、当時13歳だった自分と年上の男性との初恋の記憶を辿る衝撃の実話。「自分は被害者ではない」と思い続けてきた主人公だが、愛してくれていたはずのその彼にはある計画があった。彼女はなぜ、初恋の記憶に鍵をかけなければならなかったのか?監督自身が脚本も手掛け、自身の幼少期のトラウマと性虐待の闇に迫ったセンセーショナルな話題作。主演をローラ・ダーンが務め、葛藤する主人公を見事に演じた。

ドキュメンタリー監督として活躍するジェニファーの元に、彼女の子供時代の日記を読んで困惑した様子の母親から電話がかかってくる。何のことか分からないジェニファーーだが、母に送ってもらった日記を読み返していくうちに自身の13歳の夏を回想し始める。乗馬を教えてくれたMRS.Gとランニングコーチのビル。2人と出会いひと夏を過ごした13歳のサマースクールは、彼女にとって美しい記憶だったのだが…。

BS10 STARより

アメリカの田舎の豊かな風景。いつもと違う環境と仲間たち。美しい乗馬の先生、そしてその恋人の男性。
冒頭でジェニーが回顧する少女時代のひと夏の思い出は、陰惨どころか輝いて見える。
虐待を受けていた? とんでもない。
私はあの素敵な人たちに特別だと認められ、愛の世界に関わることを許された。そして、ちょっぴり大人の恋をしただけ。

しかし、アルバムを開けば記憶よりずいぶん幼い「ただの子ども」がそこにいた。
40歳の大人が13歳と恋愛? レイプじゃないか。
恋人に指摘されて戸惑いながら、悔恨する母親と話し、「先生」やかつての仲間のもとを訪ね、少しずつ真実が見えてくる。

テーマの重さを考えれば適切な表現ではないかもしれないが、「おもしろい映画」と言ってしまっていいくらい、本作はひとつの魅力的な映画作品だ。
隅々にまでセンスが行き渡り、観る者を引き込む魅力に溢れている。
――ただ、これが完全なるフィクションだったなら。そう思わずにいられない。

とにかく映画的技法が秀逸である。
ジェニーが回顧する13歳の自分の姿は、実は15歳当時のものだった。
正しく認識したときの戸惑いと、自分への信頼の揺らぎ。
冒頭よりずっと幼い声でやり直されるナレーション。違う視点で見えてくる世界。
残酷なまでのそのギャップに、ぞくっとせずにいられない。

故意に歪められていた記憶が本当の姿を現してゆく、その描写があまりに秀逸で、思いだすだけで鳥肌が立つ。
あの台詞も、あの表情も、釘を打たれたように胸に刺さって抜けない。
実際のあのシーンは成人した役者さんが演技していると事前に知っていたことは救いとなった。
エンドロールに出てくる当時の本物の手記には、鳥肌がおさまらなかったけれど。

SNSに書かれた感想を拾い読んで、もともと性加害に対して問題意識の高い女性たちが多く観ていることがわかった。
しかし、本当に観るべきは日本人男性なのではないか。
年端もゆかぬ少女をひたすら性的消費するアニメや漫画を浴びるように摂取し、痴漢や性的暴行の加害者ではなく被害者を叩き、性的同意年齢を13歳とすることにまったく疑問を抱かない人々を、あまりに多く知っているから。

ジェニーの恋人マーティンのように即「それ、レイプじゃないか」と言えないならば、自分の感覚が麻痺していないか立ち止まって再考してほしい。もちろんノットオールメンではあるけれど(日本社会、これを言わないとうるさいから本当に面倒)。

どうかひとりでも多く観てほしい。
日本の現状、本当にこれで大丈夫だと思いますか。
ジェニーを生み出す環境を作っているのは、わたしたちひとりひとりだ。

生きているうちに第二歌集を出すために使わせていただきます。