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輝きの魔法使い

輝きの魔法使い

   獣の叫び声が森中に響き渡る。
   少女は、少年と共に必死に逃げている。息を切らしながらも、ギュッと強く握った手を離さずに走っていた。
   しかし、幼い少年少女の限界は早い。
「っ……きせきっ」
「ねぇちゃ」
    少女の方が、「きせき」と呼ばれた少年の手を離してしまう。
    助けに行きたいが、足がすくんで動けない少女。そうしている間にも、少年に近づく真っ黒な獣。
「きせきー!!」
   叫ぶ少女。その瞬間、眩い光が辺り一帯に広がっていった。

「輝石っ……。ここ、どこだろう?」
   目を覚ますと、そこは知らない森の中。
   少女、日向は見覚えのない場所で立ち上がった。自身を確認する。学校指定の白いシャツに紺色のネクタイとスカート。真っ黒なローブの制服スタイル。そして、もはや身体の一部でもある太陽の形をしたオレンジの宝石付きペンダント。服装はいつも通りだ。
   自身に変化がないことを確認し、これまで何があったのか必死に思い出す。

    そうだ。思い出した。私は学校から帰るところだったんだ。
    魔界で暮らす、どこにでもいる普通の魔法使いの学生。それか私。今日も、幼馴染の夜月と一緒に帰り道を歩いていた。
   そんな時、懐かしい魔力を感じたんだ。
「輝石?」
「どうしたの?」
「輝石の魔力を感じたの」
「輝石くんの? ちょっと待って」
   夜月の忠告を無視して、魔力の反応を感じた方向へ進む。その先には、小さな光がフワフワと浮かんでいた。
「なんだろう、これ」
「こういうのは触らないに限るよ。先生とかに報告だけして。ちょっと、ひなちゃんっ」
   夜月が珍しく声を荒らげる。
   けど、その時にはもう遅かった。ついつい伸ばした手は、既に光に触れてしまっている。
   次の瞬間、私たち2人は強い光に呑み込まれてしまったんだ。

「そうだ。夜月っ。夜月、どこなの?」
   気を失う前のことを思い出し、辺りを見渡す。一緒にいたはずの夜月がいない。あの時の光に巻き込まれなかった可能性もあるけど、そんな都合よくいかないだろう。まだ森にいるのか、先に森から出ていったのか……。夜月は、私を置いて森から出るような意地悪なやつじゃないし、森にいないなら私と違う場所にいるのかもしれない。
「夜月ーっ。いるなら返事してよー!」
   森全体に響くんじゃないかと思うぐらい大きな声で叫ぶ。叫びすぎて喉が痛くなった。
   数分ほど待ってみたけど、聴こえてくるのは風の音だけ。魔法で合図をくれる様子もない。知らない森で奥の方まで行くとは思えないし、森の中に夜月はいないと思う。
    夜月がいないなら、とりあえず森から出よう。箒を召喚して空を飛ぶ。まずは森を出て、どこにいるのかを確認する。知っている場所ならそのまま帰る。知らない場所なら、わかりやすい建物を元に迎えの連絡を入れてみよう。
    問題なく帰れる。そう呑気に考えていた。
「なにこれ。知らない場所すぎるよ」
    視界に広がるのは、私がまったく知らない風景。箱みたいに真四角の建物が並ぶ。紐がいっぱい張り巡らされた柱に、三角形の塔。なによりも、空を飛んでいる魔法使いやドラゴン、妖精がまったく見当たらない。
    明らかに何かが違う。ここは私の知っている場所じゃない。まるで、自分が異物のような感覚に陥って怖くて仕方がなかった。

   次の日。太陽の光で目が覚める。森の入口付近にある木を魔法で簡易ベッドに変えたからか、寝心地は正直最悪だ。悪い寝方をしたせいで身体は悲鳴をあげている。その痛みが、今ここにいることが夢ではないと知らせてくれた。
「まずはここがどの辺か調べて、夜月も探さなくちゃ」
    今度は、空を飛ばずに森を出る。魔界でまったく見たことない風景の場所があるのは驚きだが、魔界は広いしおかしくはない。場所がわかれば迎えをお願いできるのは変わらない。せっかくだし楽しんでみようかな。そう自分に言い聞かせて、昨日の恐怖心をなかったことにした。
    ザワザワと賑やかな街。人がいる所まではなんとか移動できたけど、やっぱり知らない場所。それに加えて、知らない格好に知らないもの、知らない乗り物まで。
「箒じゃなくて、地面で使う乗り物? 歩くか飛べばいいのに」
    知らない乗り物に乗る人を見て不思議でいると、お腹がグゥと鳴る。学校帰りの時点で、疲れてお腹が減っていたんだった。一晩経ってお腹ペコペコにならないわけがない。まずは腹ごしらえ。そう思って、いい匂いのするお店へ向かう。
「すいませーん」
「____」
   今度は知らない言語だ。もしかしたら、違う国にテレポートしたのかもしれない。
「トランスレーション」
   相手に聞こえない程度の声で、翻訳魔法を唱える。これで問題なく会話ができるはず。
「すいません。このパン1つください」
「200円です」
「200……円?」
   円って何だろう? 通貨の単位なのかな。そうだ。国が違うかもしれない以上、通貨も違う可能性があるんだった。お金は少しあるけど、使えないだろうな。
「あの、お客さま。お支払いは?」
「ごめんなさい。やっぱり大丈夫ですっ」
「ちょっと、お客さまっ」
   申し訳ないと思いながらも、お店から離れる。
「変わった格好だな」
「中二病ってやつ?」
「コスプレのイベントかもよ」
   翻訳魔法を発動したことで、周囲の人々の声が聞こえてくる。中二病やコスプレの意味はよくわからないけれど、ジロジロと不審な目で見られていることがわかった。
    完全に、知らない世界を舐めていた。お金もないし、帰る方法もわからない。頼りになる幼馴染ともはぐれている。昨日感じた、自分が異物のような感覚は正しかった。ひとりぼっちでどうにかなりそうだ。
   そんな私の意識を何かが現実へと連れ戻す。
「にゃあ」
   足元には、ふわふわと触り心地の良さそうな小動物。ケットシーに似ているけどちょっと違う気がする。そんなケットシーもどきは、私をどこかへ案内したがっているように見えた。なんとなくだけど。
「ついて行ったらいいの?」
「にゃっ」
   コクリと頷いているし、多分正解なんだろう。このままジロジロを見られたままなのも嫌なので、その子について行くことに決めた。
    ケットシーもどきちゃんと歩いて少し。たった数分歩いただけとは信じられないぐらい、人が見当たらない静かな場所。ここなら目立つこともないだろう。私のために、落ち着ける場所まで案内してくれたこの子には感謝しかない。
「ありがとう。助かったよ」
「ひなちゃんの行動には本当に心配させられるんだから……」
   突然、流暢に話し出すケットシーもどきちゃん。声もさっきの鳴き声とは違う。聴き慣れた声、ひなちゃんという呼び方。
「夜月?」
「大正解」
   淡い光が、目の前の身体を包む。可愛らしい小動物があっという間に少年の姿へと変わっていった。女の子と見間違えてしまいそうな中性的な姿、色は暗めだけど、私を暖かく見つめてくれる青い瞳。私と同じローブに、月の形をした青い宝石のペンダント。私の頼れる家族に近い幼馴染、夜月だ。
「よづきぃ」
   嬉しさと安心感でつい抱きついてしまう。
「わっ。もう、ひなちゃんは相変わらず子どもだね」
「夜月いないし、知らない場所だったから。少しだけっ、ちょっぴりっ、不安だっただけだから!」
    いつもなら子ども扱いしてきたことについて色々文句を言いたいところだけど、せっかく再会できたんだ。軽く言い返す程度に留めておく。
    そんなことより、今大事なのは帰り道のことだ。夜月は見つかったんだから、あとは帰るだけ。
「夜月も私も無事だったし、早く帰ろうか。みんなが心配しちゃう」
   抱きつくのをやめて尋ねる。なぜか夜月の表情は暗い。これから残念なお知らせでも言い出しそうだ。
「ひなちゃん、落ち着いて聞いてくれるかな?」
「改まってどうしたの。誰かにここの場所を聞いて、そのまま帰るか親に迎えに来てもらうかでしょ。それでちゃんと帰れたら、魔界警察に今回のことを話す。何か問題ある?」
「まず、僕はケットシーに似た生き物がいることを確認して、その姿に変身したんだ。ひなちゃんみたいに、ここについての知識もなく歩き回ったら、怪しまれちゃう可能性があるからね」
   その方法があったのか。それなら目立たないよね。私も最初から変身魔法を使っておけばよかった。
「それでわかったことが1つあるんだ」
   夜月が深く深呼吸をする。それだけで、重要な事実がこれから出てくるということがわかる。
「ここには、魔法が存在しない。僕たちは魔界とは違う世界に来ちゃったんだ」
「うそっ」
   心の準備はできたつもりだったけど、思わず大きな声が出てしまう。
「この世界では、魔法は存在しないものとされていて、代わりに科学っていう技術が発展しているみたい」
「それはわかったんだけど、帰り道はわかるよね?」
「さすがに世界間でのテレポートだから、帰る方法は……」
   言葉を詰まらせるその姿に、帰り道がないことを実感する。この世界での常識もお金もない。そんな世界で私と夜月だけなんて。

    そんな中、強くて大きな魔力を感じる。真っ黒で、息が苦しくなりそうな感覚だ。
「夜月、感じた?」
「感じたけど、嫌な魔力だ。近づくのは危険かも」
「でも、魔法がない世界で魔力を感じたんだよ。帰るヒントがあるかもしれないでしょ?」
「わかった。ただし、危険そうならすぐに離れるよ」
    帰るためならと納得してくれた夜月と共に、魔力を感じた場所へ向かう。偶然にもそこは、私が目を覚ました森の中の最奥。近づかなかったのは正解だったみたい。
「なにあれ……」
「もしかして、魔獣?」
「魔獣? 夜月知ってるの?」
「魔法学校で教わったよ。闇の一族が昔使役していた怪物だって」

   闇の一族。確かに、学校の授業で聞いた気がする。光を糧に魔力を得る魔法使いの中で異質な存在。闇を糧に、主に黒魔術や呪いを使用する恐ろしい魔法使い。一族自体はもういないけど、彼らが使役していた魔獣は世に放たれ、今でも魔界を騒がせている。

「あれが魔獣。ひなちゃん、やっぱり戻ろう」
「魔獣。あいつ、見たことある気がする」
「ひなちゃんダメっ。戻るよ」
   どこかで見た事ある真っ黒な獣。どうしても気になって、夜月の制止を無視して近づく。
「危ない! プロテクション」
   夜月がバリアを張って、魔獣からの攻撃から守ってくれる。しまった。戻るって言われてたのに。
「とりあえず逃げよう」
「わかった。うわっ」
    獣の叫び声が森中に響く。蘇る記憶。思い出す恐怖。
「ひなちゃん?」
「返して……。輝石を返してよ」
   魔獣に向かって走り出す。魔獣があの時の獣。それなら、私があいつを倒さなくちゃ。
「絶対に倒す!」
   魔力を召喚した杖に集める。すると、魔力が太陽を模した大きな球状のエネルギーとして具現化される。私が昔から考えていた必殺魔法。
「くらえ。サンシャインインパクト」
   ミニ太陽ちゃん、もとい太陽を模した球状にまとめた魔法を対象にぶつけるだけの単純な魔法。だけど、その分威力はバツグンだ。
   しかし、魔獣はまだまだ動けそう。それに対して、魔力をセーブせずにぶつけてしまった私は、魔力を使いすぎて少しヘロヘロだ。
「ちょっと。無茶しないで」
「私があいつを倒すの」
「とにかく今は撤退。大人しく眠ってなさい。スリープ」
   眠りの魔法を私に向けて発動する。まぶたがどんどん重くなる。夜月に身体を預けながら、意識を夢の中へ飛ばしていった。
   目を覚ますと、心配そうに見つめている夜月。公園らしき場所のベンチで、膝枕をしてもらっていた。ちょっと恥ずかしい。
「冷静になれた?」
「すいませんでした」
「輝石くんの名前を出していたけど、何があったの?  輝石くんがいなくなったのは、黒い獣……狼とかに襲われた時だったはずでしょ?」
「違う。さっきの魔獣とそっくりだった。私たちが襲われたのは、魔獣だ」
   さっきは思い出して暴走しちゃったけど、冷静に考えたら少し違うやつだった。
「改めて聞いていい?」
   夜月の言葉を受けて、あの悲劇を思い返す。

   私の可愛い弟、輝石。あの日は輝石と果物狩りに森の散策をしていた。
「りんごと、木の実もいっぱい採れたね。きせきはこれで何食べたい?」
「ケーキと、タルトと、パイと、えっと……」
「食いしん坊だな」
「ねぇちゃんに言われたくないっ」
   色々話しながらの帰り道。帰ったらお母さんに美味しいお菓子を作ってもらおう。そうだ。夜月を呼ぶのを忘れていた。不貞腐れてしまう前に帰って呼ばないとなんて思いながら帰っていた。
    突如、背後から何かが唸る声が聞こえた。おそるおそる2人で振り向く。そこには、狼のような真っ黒な獣が立っていた。
「ね、ねぇちゃっ」
「きせき、逃げるよっ」
   獣の叫び声が森中に響き渡る。私は輝石と一緒に逃げ出した。全力で走り続けているから息が苦しい。捕まりたくない、輝石と帰る。その一心で、輝石の手をギュッと握りしめた。だけど、幼い私たちに体力がたくさんあるわけない。
「っ……きせき」
「ねぇちゃっ」
   ふとした瞬間、輝石の手を離してしまった。助けに行きたいけれど、怖くて足がすくんでしまう。その間にも、獣はどんどん輝石に近づいていく。
「きせきーっ」
   がむしゃらに叫ぶ。
   その瞬間、眩い光が辺り一帯に広がっていく。まぶしすぎて何も見えない中、獣の足音が遠ざかっている。眩しすぎて逃げたんだろう。光が落ち着いたら、あとは輝石と逃げるだけだ。そう思っていたのだが、光が消えた後には私以外何もなかった。
   結局、両親や夜月にも頼んで探してもらったけど、輝石は見つからなかった。あの時は私たちを襲ったのが何かわからなかったから狼みたいな獣としか呼べなかったけど、今思い出してみると魔獣だったんだね。

   いつの間にか空は赤く染まっている。夜月は軽く相槌を打ちながら、私の話を聴いてくれた。
「魔獣だったんだね」
「狼だと思ってたんだけどね。だから、あいつを倒したいんだよね。似てる姿だし、なにか輝石を探すヒントになるかもしれないでしょ?」
   さっきは逃げるしかなかったけど、魔力を回復して倒せばいけるはず。
「気持ちはわかる。けど、正直反対」
   夜月だってわかってくれるはず。そう思っていたのに、反対されてしまった。
「なんで?」
「魔力回復ができない状況で、いつ帰れるかわからない。そんな状況で魔力を使いすぎは危険だよ」
「回復は休めばできるでしょ」
「それは魔界での話。魔界は大気中に魔力を含んでいるから、時間経過で魔力を取りこめる。それを自分の魔力に変換するのが魔力回復のシステム」
「じゃあ、この世界の大気は?」
「魔力を含んでいない。魔力回復は難しいし、できたとしても魔界の時に比べて回復量は圧倒的に少ないと思う」
「私、けっこう魔力使っちゃったんだけど」
「そう。ハッキリ言って、ひなちゃんはヤバい状態なんだよ。魔力不足で倒れちゃう可能性もある以上、これ以上の戦闘は認められない」
「そんな……」
   夜月の言い分はわかる。だけど、せっかくの輝石の手がかりをこのまま見逃したくない。
「で、でもこのまま放っておいたら危ないよ。周りの人が危険な目にあっちゃう」
「だからって僕たちが危険な目に合うわけにはいかない。僕たちがやらなきゃいけないのは、魔力の節約をしながら帰り方を探すこと」
「それはわかってる。夜月が正しいのも。だけど……」

「ママ、どこぉ?」

   私のスカートの裾が突然引っ張られる。振り向くと、小さな女の子が涙を零しながら私に尋ねてきた。
「えっと」
「ひなちゃん、これは一体?」
「迷子かも。君、お母さんがどこかわからなくなっちゃったの?」
「うん。ママがいないの」
   もう少し夜月を説得したかったけど、困っている子がいるなら話は別だ。まずはこの子のお母さん探しが最優先。
「夜月、わかっているよね」
「もちろん。でもさっき言った通り、魔力は極力節約」
「OK。魔法は無しで探そう」
   いつもみたいに箒で空を飛べるわけじゃないから、歩きながら地道に探していく。声を出して呼びかけたり、近くの人に尋ねてみたり。大変だったけど、色んな人と話せて楽しかった。
「あ、彩芽っ」
「ママだぁっ」
   私たち2人の格好が目立っていたのもあって、空が暗くなる前には見つかった。お母さんを見つけた女の子はとても嬉しそうに抱きついた。
「本当にありがとうございました」
「おにいちゃん、おねーちゃん。ありがとう」
「見つかってよかった」
「もうはぐれちゃダメだよ。お嬢さん」
「またねー」
   ニコニコ笑顔で手を振る女の子。そんな少女からキラキラした小さな光が発生する。
「これは?」
「あの2人には見えてないみたいだけど」
   夜月の言う通り、親子にはこの光が見えてなさそうだ。そんな光は、私たちが身につけているペンダントの宝石に吸い込まれていく。
「なんだろう。変なものじゃないだろうけど」
    有害なものがペンダントに吸収されるとは思えない。それに、あの光が悪いものには見えなかった。
「夜月。おーい、夜月?」
「これってもしかして。でも、まさか」
    自分の考えを伝えようとしたら、なんかブツブツと呟いている。変に考えすぎているな、この様子だと。
    このまま結論づくまで待ってあげたい。だけど、魔獣の魔力がそうさせてはくれなかった。さっきと同じ魔力だ。
「さっきの魔獣、行かなくちゃ」
「ダメって言ったよね。魔力回復できるかわからない世界なんだよ」
「でも、町の方に来そうだよ」
    さっきの親子だってまだ近くにいる。無視なんてできないよ。
「なんでそこまでこの世界に肩入れするの?  僕たちは自分の安全もわからない状態なんだよ。知らない世界のことまで気にしてられない」
「それは、そうかもだけど」
「それとも輝石くんの仇か捜索目的?  気持ちはわかるけど、自分の安全無視してやることではないと思ってる」
    青い瞳が、私の心を見透かすように捉える。その瞳は氷のように冷たい。この状態の夜月は、長年一緒にいる今でもまだ慣れない。
    輝石の仇や探すヒントのキッカケがほしいのは事実。自分が帰れるかわからないのに無茶をしてはいけないのも理解してる。それでも戦う理由があるとしたら。
「私と輝石みたいに、怖い思いをしたり、離れ離れになる人が増えるのは嫌だ。あの女の子だって、家族と一緒の方が嬉しそうだったでしょ?」
    お母さんに再会したとき、満面の笑みを浮かべていた女の子。そして、娘が見つかって安心した表情を浮かべていたあの子のお母さん。あの2人に傷ついてほしくない。私たちみたいになってほしくない。
「ワガママだってわかってる。それでも無視したくない」
「ひなちゃんは、前の戦いで魔力を大量に消費した。それはわかっているよね?」
「もちろん。けどね。理由はわからないけど、急に元気が出てきたの。今なら、もう一撃ぐらいなら必殺魔法を出せる気がする!」
「仕方ないな。おこちゃまひなちゃんのワガママに付き合ってあげますか」
   いつもの優しげな瞳と表情に戻る夜月。普段通りの彼に戻ったのを確認して一息つく。
「子ども扱いやめて」
「まぁ、僕も確認したいことがあるからね。行ってみようか」
「私一人でいいのに」
「ひなちゃんに何かあったら、おじさんたちに合わせる顔がないよ。さっさと倒しに行こう」
    私の手を引っ張って2人で森の奥へ向かう。道中で、無理そうなら帰るとか、僕の話はちゃんと聞いてくれとか、色々と忠告された。また子ども扱いされて少し頭にくるけど、心強いことには変わりない。
    そして、魔獣とのリベンジ戦の火蓋が切られた。

    もう聞き飽きた獣の声。今回は冷静に夜月の話もちゃんと聞く。
「それで、どうしたらいい?」
「ひなちゃんの方が一撃の最大火力が高い。僕がある程度弱らせるから、全力を出せるように魔力を貯めときな」
「わかった」
   杖を取りだし、魔力を球状に具現化させる。夜月が私に攻撃が来ないように誘導している。絶対に失敗できない。それなら、本物の太陽みたいに大きな魔力をぶつけてやる。そう決めて、魔法のチャージに集中する。
    一方、夜月は箒に乗って攻撃を避けながらも攻撃を続けてくれている。
「ウィンド トリプル」
   3発の風の塊をぶつける。威力は低いけど、牽制にはもってこいの魔法だ。
「炎……森が燃えちゃうからダメだね。ウォーター」
   水の魔法が空から降ってくる。魔獣自体には当たってないけど、地面のぶつかり土がぬかるむ。そして、ぬかるんだ場所に足を突っ込んだ魔獣が体勢を崩した。
「待ってました。クリスタルブレイク」
   魔力を大きな結晶に具現化させて、一思いに破壊する。そして、破壊した破片を魔獣へ向けてぶつけていく。破片が夕日に当たってキラキラと輝いている。集中しなくちゃってわかっているんだけど、普段見る機会がないから見とれてしまう。
「夜月、魔獣が!」
   魔獣が怒っているのが見ただけでわかる。ぬかるみから脱出して、夜月に向かって走り出す。このまま体当たりでもされたら、ハッキリ言ってひとたまりもない。
「ひなちゃん忘れちゃった? 僕の十八番」
    だけど、夜月は余裕そう。そんな彼の言葉で思い出す。夜月の得意な魔法は確か。
「ミラーカウンター」
   杖から魔法陣が展開される。魔獣が魔法陣に突撃した瞬間、夜月がゴミを払うような手の動きをした。それに連動して、魔法陣ごと魔獣が跳ね返される。攻撃を跳ね返したり受け流したりできるカウンター魔法。
    もしも、夜月が私の攻撃タイミングに指示を出すなら、そろそろかもしれない。
「ひなちゃん、いけるよね?」
   予想的中。返答する代わりに、箒で一気に魔獣に近づく。
「今度こそ」
    いつも以上に大きく作れたミニ太陽ちゃん。近づく途中で落としてしまいそうだけど、なんとか我慢する。
「サンシャインインパクト!」
    そしてついに、私の魔法が魔獣に届く。魔法をぶつけた瞬間、懐かしい魔力を感じた。

    箒から降りて地上に立つ。夜月も、私の安全を確認するために来てくれた。
「ひなちゃん大丈夫?」
「ちょっと魔力不足でクラクラするけど、大丈夫。それよりも魔獣を」
    魔法を放った方を見ると、ボロボロになりながらも立ち上がる魔獣の姿。それを見て、また魔法を打つ準備をする夜月。
    だけど、魔獣は地面から出てきた闇に纏われる。その闇が消えた頃には、魔獣が消え去っていた。
「力尽きたのかな?」
「どちらかというと、テレポートの類で逃げた感じだね」
「倒せなかった。せっかく夜月が手伝ってくれたのに」
「さっきはほぼ無傷だった魔獣を2人で撤退まで追い込んだ。戦闘未経験の一般魔法使いとしてはよくやった方だと思う」
    とりあえず、危機は去ったってことだ。安心して力が抜ける。仕方ないので、夜月に身体を預ける形になった。
「ちょっと待っててね」
「何かあるの?」
「さっき立てた仮説だから、あまり期待しないでね」
    夜月のペンダントから小さな光が出てくる。さっき、女の子から出てきたものとたぶん同じ。それが私のペンダントに吸い込まれると、身体が少し楽になった。
「やっぱりね」
「どういうこと?  説明してよ夜月」
「闇の一族についての説明覚えてる?」
「一応。でも関係ないよ。それとも、私たちが闇の一族とでもいうの?」
「そっちじゃないから大丈夫。授業では、普通の魔法使いは光を糧にするといわれていたよね」
「光……女の子から出てきた光!」
「正解。もし、あの光が魔力の代用に使えるとしたら?」
「魔力の回復ができる!」
「その通り。実際、ひなちゃんは光を得た後、急に元気がでてきた。さっきも魔力譲渡できた。光の発生条件さえわかれば、しばらく問題なし」
    光の発生条件。女の子の一件を元に考えてみる。
「人助け、とか?」
「そんな簡単なことでいいのかな」
「光なんだし、きっと良いことに関係してるんだよ。今の光も、女の子のお母さんを探した結果なんだからさ」
「可能性としては充分ありえるか。それなら、輝石くん探しも問題なさそうだね」
    突然出てきた輝石の名前。思わず、目を丸くしてしまう。
「僕も確認したよ、輝石くんの魔力」
「気のせいじゃなかったんだ。よかった」
    魔法をぶつけた瞬間に感じた懐かしい魔力。やっぱりそれは、輝石の魔力だった。
「魔獣と戦えたといっても、仕留めきれていない。魔獣とまた戦う可能性がある以上、このままの実力でいるのは危険だよ」
    夜月が忠告してくれている。だけど、私のやることは、もう決まっている。
「それなら、もっと強くなるだけだよ。魔獣から誰かを守るし、輝石を見つける。ダメかな?」
「ここまで来て否定はできないよ。とりあえずは、この世界について知ることからだね」
「そうだね。あと家探し」
「あぁ、それも大事だ。ひなちゃんは昨晩どこにいたの?」
「えっとね……」
   これからどうするかを話ながら、町の方へと足を進める。
   まだまだ問題は山積み。それでも乗り越える覚悟は決まった。誰かの笑顔は守るし、大切な存在を取り戻す。難しいのはわかってる。
「これからも迷惑をかけちゃうけど、夜月、よろしくね」
「それは僕もだよ。絶対、取り戻そうね」
   それでも光を、輝きを糧にする魔法使いとして、せっかく見つけた希望を諦めたくないから。
    私は生きるよ。知らない世界で、魔法使いとして。





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