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特徴は失敗にあらわれる

私は高校を卒業して印刷会社に就職し、会社が倒産するまでの3年間デザイナーとして働いた。印刷とデザイン、写真の面白さをその会社で知ることになったのだが、兎にも角にもフォントの面白さと奥深さにいつも考えさせられる。フォント1つで色々なメッセージが表現できてしまうし、うまく扱わないと途端にダサくなってしまう。

フォント選びと字間と字詰め

特にフォントの選び方と字間、字詰め、ちょっとしたアキ(余白、スペース)、ちょっとの詰め方にデザイナーは意外と命をかけている(!?)ようなところもある。だからその『ちょっと』の手間をかけたか、デザイナーはすぐ見抜いてしまうし、『ちょっと』でも違うと「違うんです、これじゃないんです!」と感じるし、容赦無く直しが入る。

『高輪ゲートウェイ駅』のフォントがおかしい論争、お役所のポスター広告チラシのデザインがダサい論争など、色々なデザイン制作物の『ダサい』原因の一つってやっぱり『フォント選び』(フォントの歴史や成り立ちの理解)と『字間字詰め』のちょっとした手間をかけてあげたか否か、なんじゃないかと思う。

モリサワのコラム

ある日、仕事の空き時間にモリサワというフォントメーカーのホームページのコラムを見ていたら、印刷の歴史やフォントに関するよもやま話が掲載されていて興味深かった。

その中でも『特徴は失敗にあらわれる』のコラムが特に印象に残った。その失敗をなぜか自分の人生と重ねてしまい、仕事中にも関わらず号泣してしまった。(仕事中に号泣ってww)

私が印刷会社で働いていた頃はもうDTPで制作していたけれど、倉庫の奥に電算写植機があって、沢山の物理ボタンがある仰々しい機械が埃をかぶって眠っていた。

最近はレトロなものがまた見直されて復活することもある。活版印刷のインクのかすれやにじみ、版の凹みなど、手仕事感やアナログの温かみが再び注目されていて、デジタルにはない新しい付加価値があるように思う。

紙の本や印刷物、フィルムカメラ、アナログレコードやカセットテープなど、作ることや扱い、メンテナンスなど手間ひまはかかるけれど、出来上がるまでのプロセスも楽しめたり、形として残るという魅力もある。

アナログの魅力は『失敗が残る』こと

そしてアナログの一番の魅力は『失敗が残る』ということなのかもしれないと思う。私はフィルムカメラや8ミリフィルムで映像を撮ったりもするけれど、とにかく沢山失敗し、その失敗が形(証拠)としてしっかり残る。

活版印刷のマージナルゾーン(インクの溜まりや滲み)は熟練した活版職人さんならば、凹みや滲みをつくることなくキレイに仕上げる。今好まれて魅力として人気になっている理由は、その未熟な『失敗』であるという点にはっとさせられた。電算写植の活字もぼやけをリカバリーするために文字の縁をカッターナイフで削ったり、烏口(懐かしいw)で輪郭をなぞってシャープに修正したりしていた。

今は電算写植らしさを出すために文字の輪郭をあえてぼやけた感じにしたフォントも出ていたりと、味わいを出すような、手仕事感を出したりしているということを知り、なるほどなと思った。

未熟さゆえの『失敗』は愛すべきもの

『グッとくる』『キュート』『かわいい』という感情に訴えてくる魅力は『失敗』である、とコラムの著者は語っている。明かな失敗ではなく、未熟さ故の失敗。

そんな失敗も時代が変わり、人が変わり、『いいね』『面白い』『Kawaii』『So cool』と新たな魅力として、前向きな視点で捕らえらるようになったら、今は行き詰まっていても、新しい場所での自分の活かし方を見つけられるかもしれないと思った。

今年、フォントメーカーのモリサワと(DTPの波に乗らなかった?)写研がタッグを組んで新たな(懐かしい)フォントを開発、復活するかもしれないというニュースを見た。コロナ禍の中ですごく嬉しいニュースだと思った。

これからも沢山の失敗が『いいね』『かわいい』『面白い』と再び脚光を浴びて、新たな魅力として再評価されていくことを期待したい。



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