見出し画像

【毎週ショートショートnote】海のピ

 今日は海へ旅立った者たちが帰港する日だ。僕たちの集落ではこの日、町の小さな砂浜に長座体前屈のような姿勢を保ったまま、両手に持った線香を海に向かって掲げる。

 夕凪の吐息が砂をサラサラと滑らせる。僕らは黙ったまま、さざ波の声を聞く。線香の揺らめく煙と香りが、だんだんと海の方へと流されていく。まもなく夜だ。

 静まり返っていたこの場所の雰囲気はガラリと変わった。紺に滲んだ灰色は真横にたなびき、滑る砂はそのまま天へと運ばれた。座ったまま線香を海に差し出す僕らの口にも、ジャリジャリとした塩味が混じる。

 先ほどまで凪いでいた海がザザッと音を立て始め、次第にうねりも大きくなってきた。

「間もなく来るぞ!」

集落の長が後ろから、米寿とは思えないほどの大声で呼びかける。そして、ゴゴゴッ! と、深い海底からの音が響いた。とてつもない海鳴りだ。

 瞬間、ピィーー!! と風が吹き、一斉に僕らの線香が消えた。
 彼らがとうとう帰港したのだ。
(409文字)


これスキ!と思ったら、スキやフォローよろしくお願いします!!


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?