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【超短編小説】青い光の射す部屋

 暗い部屋。6畳の部屋。私以外、誰も居ない部屋。また夜を無駄に過ごしてしまった。また、過去のことを後悔して、気づけば時間が経っていた。

 8月の終わり。夕暮れの短さに秋を実感する坂道。私は当時所属していた美術部の練習帰りで、軽音部の哲と並んで歩いていた。ガードレール側で自転車を引く君の隣で、ギュッと両手でカバンの取っ手を握る私。私たちは付き合っていて、もう1年は過ぎていたはずなのに、私はまだ君の前じゃ全然素直になれなかった。

「あのさ、俺」

嫌な予感だけは昔から的中する私。

「俺、新島先輩から告白されたんだ」

新島。新島葵。ひとつ上の、哲の所属する軽音部のボーカルだ。

「それでさ……一旦、別れてみない?」

一旦、別れてみない? 「なんだそれは」と、今の私なら思う。でも、私は哲以外の男の子を知らなかったし、それが普通だと思ったし、何より彼のことを心から信頼し、好きだった。だからきっと、あんな言葉を言ってしまったのだと思う。
 立ち止まった自転車と私。まだ暖かいはずの風から凍てつきを感じた。足元には雪が積もっているかのような、ズッシリとした重さがあった。黙ったまま、私は俯いていた。

「……どう、かな? 灯」

ともり。哲の声で呼ばれる私の名前は好きだった。私は親や先生が嫌いだったから。友達も、派閥や誰と友達かという「友達ブランド」のためにやっているごっこ遊びとしか思えていなかった。
 私は束の間沈黙し、俯いたまま一息吐いた。そして、私より15㎝上から見つめる哲の目を見つめ返して答えた。

「一旦、だもんね。また戻ってきてくれるよね?」

この時の私の瞳を、彼はどう受け取ったのか、未だに分からない。ただ彼は、私のその答えに一瞬にやついていた気がする。

「……もちろん。灯が俺のこと一番分かってるって、知ってるから」

そう返した彼の背後に沈む夕日が眩しくて、私は水のサングラスをかけた。そうだ、やっぱり哲は哲だ。私のことなど裏切るはずがないのだ。
 とても、愚かな選択だったと思う。でも、こうして今でも思い出してしまうほど、彼のことはちゃんと好きだったんだろう。
 あの日の帰り道は、あの後二人ともが顔を合わせることもなく、坂を上りきった先の住宅街でわかれた。哲の家はその住宅街にあって、中でも3階建ての大きな家だった。一方の私は、その住宅街を抜けた先にある5階建てマンションの一室だった。新島先輩の家は知らなかった。

 こうして、高校二年のひと夏と、小さな恋は幕を閉じた。一人で抜ける住宅街はいつも以上に陰鬱で、私を陰からからかっているような、そんな苦しい心地だった。家に着いたのは、多分午後7時過ぎ。いつも以上に足取りが重くなって、時間がかかってしまった。心配性で口うるさい親には、部活の片付けが長引いたとか、そんな言い訳をして、私は真っ直ぐ自室に籠った。

 あれから3年。私にとってあの失恋は大きすぎた。だからあの日以来、学校にもいけず、結局通信制高校に転校してなんとか卒業した。親の説得は大変だったが、いじめられているということにして、あの学校を辞めた。だからきっと、同級生たちは冤罪をかけられたような感覚だっただろう。多少なりとも、悪いとは思っている。多少なりともというのは、転校の一件の後、マンションの郵便受けに罵詈雑言の書かれた手紙をいくらか入れられていたからだ。これでお互い様だろうと思うことにしている。
 
 こんなことで夜を明かすだなんて、正直自分のメンタルの弱さには吐き気がした。しかし、今日は事情があったのだ。
 今日の昼、一通のはがきが郵便受けに投函されていた。そこには大きく、『成人式』の文字があった。この地区で開催する成人式であることは数年前から知っていた。つまり、彼もきっと来るのだ。新島先輩とともに。
 そう確信できるのには理由があった。私の目の前のパソコン。そこに全てが詰まっているからだ。私の顔に差す青い光。その光の先の画面には、映像が流れている。リアルタイムの映像だ。そこには、青白い光の射しこむ暗い部屋で気持ちよさそうに抱き合う、哲と新島の姿がはっきりと流れていた。

 私はずっと監視していたのだ。哲と別れた翌日。彼の帰りを待ち伏せして、通行人のフリをして彼とぶつかり、そのはずみを狙ってカメラを装着させた。
 興奮が止まらなかった。捕まるかもしれないという恐怖もなかった。今もそれは変わらない。むしろこれだけが、私を、私だけの部屋で安心させてくれる唯一のモノとなったのだから。


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