見出し画像

失明と視覚障害による生産性の低下

以前のnoteで書いた通り、私たち、眼科医にとっての「失明」や「視覚障害」は内科医や外科医にとって患者さんがお亡くなりになる事、とほぼ同義です。
そこで、今回は、患者さんが失明・あるいは視覚障害の状態に陥ってしまった時の効果を経済的な生産性低下(経済的損失)といった側面から検討した論文を紹介します。

画像1

世界の失明と視覚障害による経済的な生産性低下

今回読んだ論文は、2021年4月に掲載された、EClinicalMedicine (2021年掲載なので、IFはまだ付いていません。2019のIF: 3.586)のResearch paperです。
本論文は、2018年や2020年の疫学データを使用した、最新のデータとなっています。
2020年現在、世界には5億9,620万人が遠見の視覚障害(遠くを見る視力)があり、4,330万人が失明2億9,510万人が中等度以上の視覚障害(MSVI; blindness and moderate and severe vision impairment)、さらに5億0,907万人に未矯正の近見視覚障害(近くを見る視力)があります。
そのため、失明や視覚障害に対して適切に介入することは、持続可能な開発目標 (SDGs; Sustainable Development Goals)の達成に非常に重要であると、記載されています。

本論文では、2000年以降に発表された、失明やMSVIの有無による生産性低下を示している、11本の論文と5本の灰色文献を解析しました(15カ国分)。
生産性低下の数値は、生産年齢人口(15-64歳)に限定されたものとなっており、2018年の米国の購買力平価(PPP; purchasing power parity. ある国である価格で買える商品が他国ならいくらで買えるかを示す交換レート)を使用し、GDPやGNIをもとに算出した値になっています。
「失明」を良い方の矯正視力<0.05未満(<3/60)と定義し、「MSVI」を良い方の矯正視力 0.05~0.3 (<6/18 to 3/60)と定義しています。
つまり、片眼が失明している症例は省かれているとこに注意が必要です。

本論文の調査結果として、世界の生産年齢人口(15-64歳)では、
失明:1,810万人 (95%CI: 1,440~2,260万人)
MSVI:1億4,260万人(95%CI: 1億1,250~1億7,950万人)
失明とMSVI:1億6,070万人(上記の合計、生産年齢人口の3.3%)
・これら、生産年齢人口の失明やMSVI人数は、全失明やMSVIの41.9%と48.3%であり、人口比率ではそれぞれ0.4%と2.4%
・失明やMSVIによる、相対的な雇用減少率は30.2%(世界平均)
・失明やMSVIによる、世界の総年間生産性低下は4,107億USD(95%CI: 3,221億~5,187億USD)で総GDPあたりの0.32%、そのうち、失明による年間生産性低下は436億USD(95%CI: 344億~545億USD)で、MSVIによる年間生産性低下は3,671億USD(95%CI: 2,877億~4,642億USD、2018年 GDPより算出)。
・GNIを用いた算出方法では、失明やMSVIによる、世界の総年間生産性低下は4,085億USD(95%CI: 3,204億~5,159億USD)で総GNIあたりの0.32%。そのうち、失明による年間生産性低下は433億USD(95%CI: 342億~541億USD)で、MSVIによる年間生産性低下は3,652億USD(95%CI: 2,862億~4,618億USD、2018年 GNIより算出)。
でした。
15カ国のみのデータ、残業や間接的な費用(例えば介護者の費用など)を計算に入れていない、また生産年齢(15-64歳)に特化している研究内容になっておりますが、4,107億USDという、生産年齢の失明やMSVIによる、世界の生産性低下は、非常に重要な数値になると言えそうです。

画像2

失明や、MSVIは単に眼が見えなくなって、単に患者さんの日常生活に支障が出るだけでなく、特に生産年齢の患者さんには、労働生産性低下や、社会生活から離れてしまう、など様々な問題が出てきます。
生産性低下の数値など、意識しながら診療すると、日常診療に違いが出てくるのではないでしょうか。

Citation

Marques AP, Ramke J, Cairns J, Butt T, Zhang JH, Muirhead D, Jones I, Tong BAMA, Swenor BK, Faal H, Bourne RRA, Frick KD, Burton MJ. Global economic productivity losses from vision impairment and blindness. EClinicalMedicine. 2021 Apr 26;35:100852. doi: 10.1016/j.eclinm.2021.100852. PMID: 33997744; PMCID: PMC8093883.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?