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2022年 大学入試共通テスト 生物 所感と解説

―――初めに―――
・この記事は,2022年1月16日に実施された,大学入試共通テストの生物の所感や解説をだらだらと書いたものです。
・問題は適宜ダウンロードしてください。
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第1問

問1
ヒトがもつ特徴のうち,「直立二足歩行に伴って獲得した特徴」を問う問題。(a)〜(d)のいずれもがヒトの特徴としては正しいのがポイントです。つまり,“類人猿には無かった特徴”を答えるということになりますね。類人猿のうち,乾燥化に伴う森林面積の縮小の影響で樹上生活をやめることを余儀なくされた集団の子孫が我々ヒトですから,“樹上生活を営む際に便利な特徴”を選ぶと考えてもよいかもしれません(ちなみに,類人猿は“人みたいな猿”,人類の始まりたる猿人は“猿みたいな人”と読むと整理しやすいと思います)。(a)の拇指対向性は,樹上で枝を掴むのに適していたでしょうし,(c)の眼が顔の前方についているという特徴は,枝から枝へと飛び移る際に遠近感を掴むのに適していたでしょう。一方,直立した体をうまく支える骨格としては,(b)の大後頭孔が頭骨の真下に開口すること,そして(d)の横に長い骨盤の方がバランスは良さそうです。

問2
分子時計の典型的な問題です。ぱっと見,“オランウータンとチンパンジーの距離は,オランウータンとゴリラの距離と同じくらい”であり,“ニホンザルとチンパンジーの距離は,ニホンザルとゴリラ,ニホンザルとオランウータンの距離と同じくらい”であることが分かります。少数第一位くらいは誤差の範囲と割り切る強い気持ちを持ちましょう(この感覚が妥当であると判断できる材料が,高校課程の生物になかなか無いのが心苦しいところではありますが)。ニホンザルは他の3種からそれぞれ等しい距離にあるので,例えば①とか⑤のような,ニホンザルとオランウータンの距離が近いような選択肢は棄却されますね。この時点で③か④に絞られます。そしてオランウータンはチンパンジーとゴリラからそれぞれ等しい距離にあるので,オランウータンとゴリラの距離が近い④が棄却されます。残った③が答え。なお,系統樹の見る向きが右から左になっているのは,個人的にとても読み取りにくい…。

問3 
チンパンジーとオランウータンが1300万年前に分岐したとして,タンパク質Aのアミノ酸配列の違いが1.93%であるということを問題文と表から読み取ります。アミノ酸配列の違いは,分岐してからの時間に比例して増加する―というのが分子時計の考え方ですから,600万年前に分岐したヒトとチンパンジーの間でのアミノ酸配列の違いは,1.93×(600万年/1300万年)ということで,1.93の半分弱くらいの値と予測できます。選択肢(f)が0.89なのでコレでしょう。

次に選択肢Ⅰ〜Ⅲを吟味していきます。ここでは,「実際に調べた値が予測値よりも小さくなった原因に関する考察として適当なもの」を要求されているので,“選択肢Ⅰ〜Ⅲが実際に起こったとして,「実際に調べた値が予測値よりも小さく」なるかどうか”を考えます。
Ⅰ 遺伝子Aに生じる新たな対立遺伝子の頻度が上がったら,それだけタンパク質Aのアミノ酸配列に新たな変化が生じるわけですから,実際に調べた値は予測値よりも大きくなるでしょう。不適。
Ⅱ タンパク質Aの重要度が上がると,タンパク質Aの機能的制約が強くなります。つまり,“一般に,重要なタンパク質は変異すると碌なことにならない”わけですから,タンパク質Aの分子進化の速度は遅くなり,あまり変化しないようになります。これが,実際に調べた値が予測値より小さくなる理由ですね。機能的制約は昨年度も抗体の多様性を題材に出題されていましたし(抗体には,抗原結合部位のように変異の多い部分と,それ以外の機能的制約の強い部分とが共存しているという,とても面白い出題でした),要チェックのテーマかもしれません。
Ⅲ これはⅡとは逆に,タンパク質Aの重要度が下がるケースですから不適です。医療の発達により,タンパク質Aの形質がどうであっても生き残れるようになるわけですから,機能的制約は弱まると考えられます。一般に,強い選択圧がかかる形質は,限られた形質をもつ生物の生存・繁殖しか許されないため,多様性は下がります。他方,選択圧のかからない形質の多様性は上がります。
ヒトの集団にあってすら,やれ淘汰だとか自然の摂理だとかを簡単に言ってしまわれる方もおられますが,目まぐるしく変化する社会情勢にあって,いつ自分が生存や繁殖に不利な形質を持ち合わせてしまうか分からない中で,それはちょっと浅いというものです。貴方も私も,あまり選択圧を受けずに暮らしていける社会の方がいいように思いますよ。

 

第2問A

問1
状況を整理してみましょう。キク科の草本RにはA型株とB型株があり,Aは病原菌P感受性で,BはP抵抗性。Pのいない健全区では,AとBの総個体数は変わらないけれど,乾燥重量はAの方が大きい。Pのいる感染区では,Aの総個体数・乾燥重量ともに小さい。これをどう説明するかですね。
さて一般に,植物には3つの“強さ”があります。すなわち,①競争に強い,②ストレスに強い,③かく乱に強い―の3つです。競争とは,光や水や栄養分をめぐる競争。ストレスとは,乾燥にさらされたり病原菌の侵入を受けたりすること。そしてかく乱とは,踏み付けや伐採,洪水や落雷や噴火など,植物体の一部または全部を損なうようなイベントのことです。地球上には様々な環境があって,土壌が肥沃で多くの植物が生育し,植物間で競争が激しい地域や,砂漠のように降水量が少なく,常に乾燥のストレスにさらされるような地域,そして都市や人里のように人の手が入り,刈られたり踏みつけられたりといったかく乱が頻繁に起こる地域など,競争・ストレス・かく乱のそれぞれの強度は地域によって大きく変わります。それぞれの地域に適応した植物が生育することで,地球上には様々な環境があり,そして様々な生物が見られるということになるわけです。
植物は,自らの体内で起こる生命現象を,光合成によって合成したデンプンを動力源として駆動します。一定の時間で合成できるデンプンの量には限度がありますから,動力源を競争に打ち勝つこと・ストレスに耐えること・かく乱に耐えることの,それぞれにどれだけ分配するかはとても大事なことです。病原体のいるところではストレス耐性に回したほうがいいでしょうし,病原体がいないところでは競争に回した方がよさそうです。
さて図1を見てみましょう。健全区では病原体耐性のないA型株が,乾燥重量の大きい個体が多い(=たくさん成長している)ことがわかります。そして感染区では病原体耐性のあるB型株が,乾燥重量の大きい個体が多いことが分かります、A型株は動力源を競争に割き,B型株はストレス耐性に回しているのでしょう…と,図1を見てここまで思ったのですが,解答上は必要ありませんでした。なんということでしょう。とにかく問1を読んでみます。

図2は見慣れないグラフです。私も初めて見ました。見慣れないグラフに出くわした場合にやることは概ね決まっていて,縦軸と横軸の確認と,“グラフの傾きの変わっているところで,何かが起こってるはず”という目でグラフを解釈することです。例えば,もし図2中の⑤が正しいなら,乾燥重量が1.4gのところで傾きが変わっています。傾きが変わるまでは,種子生産はゼロ。傾きが変わった後は,急激に種子生産が行われています。ほうほう。もし⑤のグラフが正しいなら,健全区のB型株は乾物重量がすべて1.4g未満なので,種子生産は行われていないことになります。しかし問1の問題文には,健全区のB型株の種子数は200とあります。じゃあ⑤は違いますね。
④を同様に検討してみましょう。④が正しいと仮定すると,乾燥重量0.8g以下の個体は種子を付けないので,図1のB型株の乾燥重量0.8〜1.0gの約15個体しか種子を付けていないことになります。B型株の種子数は200なので,乾燥重量0.8〜1.0gの約15個体でこの200個の種子を生産したことが分かります。つまり,1個体あたり13個くらい。これは,④のグラフの乾燥重量0.8〜1.0gのところの縦軸を読むと,なんだかそれっぽい値をしていることが分かります。④は答えかもしれませんが,少し保留して③を検討します。
③は比例の関係にあり,
個体あたりの種子生産数
=個体の乾燥重量×200/2.4
≒83×個体の乾燥重量
と分かります。
試しに図1のB型株の乾燥重量0.8〜1.0gの約15個体を考えてみると,
15個体の種子生産数
≒15×83×0.9
>200
より,これは不適です。
それではさらに②を検討しましょう。②は乾燥重量1.2g以上で個体あたりの種子生産数が200になります。図1のA型株の乾燥重量1.2g以上の約30個体がすべて種子を200個ずつつけると,種子生産数はそれだけで6000個。①はそれ以上に種子生産数が上がるので,①,②はともに不適です。残った④が答えですね。
乾燥重量が0.8以下の個体は種子をつけないということなので,この植物は体サイズ依存的に開花結実する植物なのかもしれません。短日植物とか長日植物とか,高校課程の生物では光周性がやたらと取り上げられますが,温度依存的性であったり,地下茎のサイズ依存的であったり,それらの組み合わせであったり…と,植物の開花は奥がとっても深いテーマなんですよ。
“正しいグラフを選べ”系の問題は,“正しいグラフならこの点を通るはず”と考えて,その点を通るグラフを選ぶとよいかもしれません。また,“このグラフが正しいならば,◯◯になるはず”と,その逆を考えて妥当性を検証してもいいでしょう。いずれにせよ,点を見つけるにも妥当性を検証するにしても,ある程度の計算は免れません。臆せず計算しましょう。この手の問題は試行調査でも出ているので,そういう力があるかどうかは見たいのかもしれません。

問2
ここでさっきの,競争とストレスの話がほんの少し生きてきます。B型株は競争よりもストレス耐性に適した形質をもっており,病原体Pの移入前にはA型との競争において劣勢であった―ということで,②が妥当です。

 

第2問B

問3
DNAの切断は制限酵素,その結合はDNAリガーゼです。これは間違えてはなりませんよ。

問4
遺伝子Yが導入された細胞には,同じプラスミド上の遺伝子X(薬剤Y耐性遺伝子)がともに取り込まれます。遺伝子Yが導入されていない細胞には,遺伝子Xはありません。したがってここに薬剤Kを作用させると,遺伝子Yを取り込んだ細胞のみを選抜することができます。③が妥当ですね。

問5
転写を触媒するのはRNAポリメラーゼ。作られるのはDNAでなくてRNAですからね。また,DNAやRNAには方向性があり,5’→3’の方向にしか合成されません。したがって,図4においてプロモーターから左側にRNAポリメラーゼが動くとき,5’→3’の方向にRNAが合成されるためには,上側の鎖を鋳型とする必要があります。①が妥当でしょう。

問6
遺伝子組換えを行った個体を用いた遺伝計算の問題は,最近の流行りなんでしょうかね。二倍体生物の場合は,本問でもそうであるように,「1本の染色体の1箇所に組み込まれたものとする」という条件を見落とさないことが肝要です(でもこれ,ゲノム編集とかが普通に出題されるようになったらまた新しい問題になりそうですね)。
トランスジェニック植物には,ある相同染色体の片方の1本に,遺伝子Yが組み込まれています。もう片方の相同染色体には遺伝子Yがなく,遺伝子Yのはたらきをもちません。遺伝子Yと対応する,もう一方の染色体上の領域を,遺伝子Yの働きをもたないということで劣性のyとみなすことで,トランスジェニック植物の遺伝子型はYyと表すことができます。Yyの自家受精なので,YY:Yy:yy=1:2:1,[Y]:[y]=3:1ですから, 75%の④が妥当ですね。

 

第3問

問1
Hox遺伝子についての問題。おさえておきたいのは,①Hox遺伝子は核ゲノムにある調節遺伝子であるということ,②特定の染色体上に連鎖しており,対応する体節とその順序が概ね一致すること,③ショウジョウバエに限らず,ヒトや酵母も互いに似た配列を持っている(共通して持っていると言っていいです)こと…あたりでしょうかね。
(a)「核に移動してDNAに結合するタンパク質」としては,まさに調節タンパク質だったりヒストンが考えられますね。適です。そもそもタンパク質は核外で合成されるので,分裂期を除けば,DNAに結合するタンパク質は核に移動することになります。
(b)「連鎖している遺伝子群である」そうですね適です。
(c)「母性効果遺伝子である」違います,母性効果遺伝子はビコイドとかのお話。不適。
(d)「バージェス動物群はまだ持っていなかった」変化球来ましたね…ちょっと考えてみましょう。Hox遺伝子は,節足動物であるショウジョウバエや,脊索動物であるヒトに共通して存在している遺伝子です。バージェス動物群は古生代カンブリア紀に生きた動物群であり,アノマロカリスやオパビニア,ハルキゲニアなど,人々の心をぐっと掴んで離さないフォルムの生き物がたくさんいました。カンブリア紀には,“カンブリア大爆発”と呼ばれる著しい生物の多様化が確認されていて,節足動物(エビ・カニ・昆虫など)だったり脊索動物(ヒト・ホヤなど)だったり,刺胞動物(クラゲ・イソギンチャク・サンゴなど)だったり棘皮動物(ウニ・ヒトデ・ナマコなど)だったり軟体動物(イカ・タコ・貝類など)だったりと,現生の動物のそれぞれのご先祖にあたる分類群が概ね揃ったと言われています。節足動物と脊索動物でHox遺伝子が共有されているということは,さらに脊索動物と脊索動物の共通のご先祖(いくら新しく見積もっても,両者がすでに分岐していたカンブリア紀以前にいたはず)が,すでにHox遺伝子を持っていたということであり,バージェス動物群はHox遺伝子をすでに持っていたということが推察されます(推察でええんかという気はします)
ところで,資料集などの図でアノマロカリスの形をよく見てもらえば,前方に口があって目があって,後ろには脚があって尾があって…と,アノマロカリスにはすでに頭尾軸や左右軸,背腹軸があることが分かります。頭尾軸に沿った様々な器官形成は,まさにHox遺伝子のはたらきを想起させるものであり,「バージェス動物群」という語句からアノマロカリスを思い浮かべ,「Hox持ってそうだなぁ」と考えてもよいです。先カンブリア時代のエディアカラ生物群と比べて,食う食われるの関係が発達したカンブリア紀のバージェス動物群では,前後の別があり,前方に強い推進力を生み出すような身体のつくりを獲得した捕食者が有利であったのでしょう。

問2
さて,会話文と実験1〜3を読み解いていきましょう。下線部(b)には外胚葉と中胚葉という語句が出てきていますが,リード文より,肢芽は側板由来―すなわち中胚葉性の細胞と,表皮すなわち外胚葉性の細胞とで形成されるもののようだと分かりますね。
●実験1 肢芽の伸長には表皮から分泌されるタンパク質Wが必要だということが分かります。あくまで伸長に必要なのであって,肢芽の形成に必要であるとは言っていませんが,選択肢の(f)が妥当だと分かります。ついでに,(e)と合わせて,中胚葉の細胞が外胚葉にはたらきかけてタンパク質Wを分泌させ,肢芽の伸長を促しているかもしれないと,なんとなく思えますね。
●実験2 本来は肢芽を形成しないわき腹の表皮の下にタンパク質Wを作用させると,肢芽が形成された…ということは,①わき腹の中胚葉にはタンパク質Wを受け取って肢芽を形成する能力がある,②わき腹の表皮はタンパク質Wを分泌していないということが分かります。そして,新たな肢芽は頭尾軸の頭側に近いと翼に,尾側に近いと脚になることから,それぞれ肢芽の予定運命にはたらきかける何かが出ていることが分かります。
●実験3 実験2で考えられた“何か”の正体を探ります。前方では側板すなわち中胚葉から分泌されるタンパク質Xが,後方では同じく中胚葉から分泌されるタンパク質Yが,それぞれ肢芽の形成に関係している可能性があるということが分かります。選択肢の(g)は不適だと分かります。
ちなみに,「肢芽がそもそもからだのどこに形成されるかは,どのホックス(Hox)遺伝子がどの体節で働くかによって」の「体節」が,somite(中胚葉性の構造)であるかsegment(体軸方向に沿った繰り返し構造)であるかの判断が,受験生にとって無理なく可能かどうかは,十分に検討されての出題でしょうか。

問3
ひょっとしたら,調節タンパク質Xは翼の形成にあたって他の何かと同時に分泌されているだけで,肢芽の翼への分化は別のタンパク質が担っているかもしれません。また,脚を誘導する調節タンパク質Yの濃度が低いところで翼が形成されるという仕組みかもしれません。それを否定するにはどうしたらいいでしょう?からだの前方でタンパク質Xをなくしてみて,もし翼が形成されなければ,タンパク質Xは必要だと分かります(→②が妥当)。反対にタンパク質Xをなくしてみても,翼が形成されるようであれば,翼の形成にタンパク質Xは不要だと分かりますね。

問4
細胞周期の計算問題でよく登場する,放射性チミジンのことですね。
ところでヌクレオチドは水溶性が高く,「細胞分裂に伴って取り込まれる」ためには膜上にトランスポーターが必要ですが,さもヒントのように書いているそれはどういうつもりで書いたのでしょう…?

問5
わき腹領域の細胞が肢芽形成を抑制するということらしいです,順に選択肢を吟味してみましょう。
① わき腹領域の細胞を死滅させれば,肢芽の抑制は解除されて肢芽形成が促進されそうです。適。
② わき腹領域の細胞を死滅させれば,肢芽を新調させるタンパク質Wも分泌されるようになってもいいように思いますが,減少するんですかそうですか。不適っぽいですね。
③ わき腹領域の細胞を除去すれば肢芽の抑制は解除されそうですし,そこに肢芽領域の細胞があればそこで肢芽の伸長は進みそうです。適。
④ これなんか思いっきりわき腹領域の細胞が抑制していますよね。適。

第4問

問1
アリさんの気持ちになってみようね問題。表1と図2を読み取ってみましょう。
条件Ⅰを見ると,0-20%と80-100%に等しく偏りが見られます。これを言葉にしてみると,“通路Aと通路Bのどちらか一方が選択される傾向があり,どちらの通路も使われるといったことは起こらない”といった具合。他方,条件Ⅱでは80-100%に明らかに偏っているので,“通路Aと通路Bとで餌場までの距離が異なる場合,短いほうが選択される傾向がある”といった具合。実験結果を言語化するという感覚を身につけてもらうのがいいと思います。
アリは道標フェロモンによって行列をつくります。あるアリの個体が,分かれ道でどちらに行こうか迷うとき,何を頼りに道を決めるかといえば,フェロモン―つまり触角で感知した化学物質の濃さでしょう。濃い方に進むようになっているということです。勘違いしたくないのは,「濃い方に進もう」とアリが思っているわけではないということ。アリはそんなこと思っていません。道標フェロモンを強く感じた方向に,本能的に歩いて行かざるを得ないのです。さっきは「アリさんの気持ち」とか言いましたが,とはいえ動物の安易な擬人化はやめましょうね。
さて問1の選択肢を吟味します。
① 0-20%となったある試行では,通路Aの通行率が0-20%であったわけですから違います。不適。
② 交互かどうかはわからないので不適です。たぶん,交互ではなくランダムで,試行を20回こなして50%に近づいたというべきでしょう。サイコロを6回振って1が1度も出ないことはままありますが,600回くらい振れば100回くらいは出るでしょう,そういうことです。
③ 20試行のうち,80-100%の7試行で,80%以上のアリが通路Aに集中しましたね。同様に,0-20%の7試行で,80%以上のアリが通路Bに集中したことが分かります。「通路Aまたは通路B」というのはその和集合をとればよいのですから,20試行のうち7+7=14試行で題意を満たします。適。
④ 表を見たそのままです。「通路Aと通路Bの両方にほぼ同数のアリ」は表の40-60%のところに該当するので,条件Ⅰ・Ⅱともにその観察回数はもっとも少ないですね。適。
⑤ 逆です。「20試行中の16試行で,80%を超えるアリ」が通行したのは通路Aです。不適。
⑥ 思いっきり通路Aに偏っているので不適。

問2
さきほど,「アリは道標フェロモンによって行列をつくります。あるアリの個体が,分かれ道でどちらに行こうか迷うとき,何を頼りに道を決めるかといえば,フェロモン―つまり触角で感知した化学物質の濃さでしょう。濃い方に進むようになっているということです。」と書きました。アリは道標フェロモンのその先が見えているわけではないので,通路Dがショートカットであることを判断することはできません。通路Cには道標フェロモンがたくさんありますから,アリはそちらを選択し続けるというわけです。

問3
それぞれの選択肢として挙げられた例が,フェロモンによるものか否かを知っている必要はありません。フェロモンは“同種に作用する物質”なので,アブラムシとアリの間で何か化学物質のやり取りがあったとしても,それはフェロモンとは言いません。⑥が不適ですね。個々の事例について知らなくとも,定義に照らして考えれば分かるというのは,いい問題なんじゃないかなと思います。

 

第5問

問1   
選択肢を順に吟味しましょう。
(a) 植物はクチクラ層をもちます。適。それこそ,古生代シルル紀のクックソニアがすでにクチクラ層をもっていました。陸上進出にあたっては,動物・植物を問わず乾燥耐性の獲得が必須でした。クチクラ層はその1つですね。
(b) シャジクモ類は五界説では原生生物界に属し,その中でも最も植物界に近縁であるものとされています。シャジクモ類が含まれる緑藻類は,光合成色素としてクロロフィルaおよびbをもち,これは植物も同じです。適。
シアノバクテリア,緑色植物,緑藻類,紅藻類,褐藻類のそれぞれが,光合成色素としてクロロフィルa,b,cの何を持つか―は,なかなか難しい問題で,高校課程の生物では暗記要素になってしまっています。大学受験生に話すかどうかは別にして,このあたりのストーリーとしては,クロロフィルaをもつシアノバクテリアが好気性の従属栄養細菌と細胞内共生し,クロロフィルaからクロロフィルbを合成する遺伝子を獲得(クロロフィルbを合成できるシアノバクテリアからの水平伝播?)した緑藻類を経て,緑色植物が出現した…と考えると,シアノバクテリアについてはお茶を濁すとして,緑藻類と緑色植物のクロロフィルは共通していると言ってよさそうです。紅藻類は緑藻類と起源を同じくしつつも,クロロフィルbをもたなかったグループ。褐藻類は,真核の従属栄養生物が紅藻類と二次共生した後,クロロフィルaの前駆物質からクロロフィルcも作るようになったグループ…と,ひとまずはこのように考えておくのがいいでしょうか。細胞内共生の時点でシアノバクテリアにクロロフィルaとbがあったという話もあり,その場合は紅藻類はクロロフィルbを後から失ったことになります。また,紅藻類を二次共生したもののうち,褐藻類とは別にゾウリムシの含まれるアルベオラータがどうのこうのとか考えると,嗚呼ここで光合成色素など詳しく覚える必要があって…?という気持ちになってきます。面白いんですけど,面白いんですけどね…。
(c) 果実の中に種子が作られるのは,被子植物だけの特徴です。裸子植物は,“胚珠がむき出しである”と義務教育の理科で何度書いたことかわかりませんね。不適。

問2
ある染色体上の3つの遺伝子座を考えるだけの簡単なお仕事。連鎖している遺伝子A(a),B(b),C(c)をもつ始原生殖細胞(A-B-C連鎖およびa-b-c連鎖)から形成される配偶子の遺伝子型は,染色体の乗換えが起こらなければABCとabcの2通り。染色体の乗換えが自由に起こる場合は,配偶子にAとa,Bとb,Cとcのいずれが分配されるかを考えればよいので2×2×2=8通り。

問3
考察文から,この考察をした人間がR7の分化のメカニズムをどのように考えているかを推察します。例えば,“R7前駆細胞は受容体Xを発現し,R8細胞から分泌される誘導物質Yを受容体Xによって受容することで,R7に分化する”といった具合。誘導現象は,誘導物質を分泌する細胞と,誘導物質と,誘導物質を受け取る細胞の3つを登場人物として考えるとよいでしょう。この場合は,誘導物質Yに変異があっても,受容体Xに変異があっても,R7の誘導は起こらないということが分かります。
誘導現象における,誘導物質を分泌する細胞と誘導物質,そしてそれを受容する細胞の関係,他に見たことありません?例えばホルモン。ホルモンを分泌する細胞と,ホルモン,そして標的細胞。例えば神経伝達物質。シナプス前細胞と,神経伝達物質,そしてシナプス後細胞。例えばサイトカイン。ヘルパーT細胞と,サイトカイン,そしてマクロファージ。このように,ある細胞が何かを分泌して,他の細胞に何らかの作用を与えるという現象は,生物体内で普遍的に見られる現象です。誘導物質もホルモンも神経伝達物質もサイトカインも,結局と同じようなことしてるな〜と思えると,生物の見方が少し変わるかもしれません。
さて話を戻しましょう。選択肢を吟味していきます。
① 受容体が細胞膜上にあるか細胞質基質にあるかは大事な違いです。タンパク質系ホルモンとステロイド系ホルモンの違いでやりましたね?もしタンパク質Xが細胞膜上にあれば,それは細胞膜を通過できないであろうタンパク質Yを受容している可能性が高まります。適。
② 遺伝子Xの転写がR7で行われているかどうかは,考察を導く上でかなり重要ですよね。適。
③,④ 遺伝子X/Yの発現をR7で阻害して,R7が分化しなくなれば,R7の分化にタンパク質X/Yが必要であることが分かります。適。
⑤ 当該考察を導くには,タンパク質Xがタンパク質Yの受容体であることを示したいわけです。タンパク質Xがタンパク質Yの転写調節領域に結合するかどうかを調べる実験をするとなれば,その前提になっているのは,タンパク質Xが細胞質基質内ではたらく調節タンパク質であるということであり,すなわちその受容体のリガンドであるYは細胞膜を比較的自由に通過できる物質である(=タンパク質でない)ということになります。これが不適ですね。

問4
野生型と変異体Yの形質の違いは,R7があるかないか。図2から分かる野生型と変異体Yの行動の違いは,野生型は紫外線と可視光に正の光走性をもち,可視光と紫外線を同時に照射した場合に紫外線への応答が優先されるのに対し,変異体Yは紫外線に対して応答していないこと。この変異体Yの行動が,R7がないことによって引き起こされていると考えるのがいいでしょう。よって(d)は妥当。もし(e)が正しいなら,変異体Yに紫外線だけ照射した場合に分散はしないでしょうから,不適。もし(f)が正しいなら,変異体Yに可視光だけ照射した場合には走性を示さないでしょうから,不適。

 

第6問

問1
選択肢を順に吟味してみましょう。
① 「胚珠全体が,種子では種皮になる」ちょっと何を言っているのかわかりません。珠皮の部分が種皮になるから不適,ということでいいんでしょうか。
② 受精卵は細胞分裂して胚になります。細胞分裂を経ずに,ということはそれは受精卵のままです。不適。
③ 発芽前であっても,子葉,幼芽,胚軸,幼根の分化は見られます。そもそも,発芽した時点で芽とか根とか分かる見た目してるじゃないですか。ということは発芽前からあの形はできてるんですよ。不適。
④ 種子は,植物が生育に不適な環境を耐える姿と言うことができます。種子の中を極力乾燥させることで,化学反応の場たる水を少なくし,種子の内部で化学反応が進むことを抑えます。化学反応が進まないということは,それだけ変わらずにそのままの姿であれるということ。種子はそうやって,発芽・生育に適した環境になるのを待っています。適。
⑤ アブシシン酸の含有量が減ると,の間違いですね。不適。

問2
図1より,12℃の低温の影響を最も受けているのはステージⅢで,花粉四分子の形成…つまり減数分裂の過程が影響を受けていることが分かります。よって②が妥当。

問3
問題文から直接分かることは,茎頂分裂組織が水の中にあれば,気温の一時的な低下は花粉の形成を阻害しないことですね。一時的な気温の低下の影響を,水中であれば免れることができる―水は比熱が高く,大気に比べて温まりにくく冷めにくいですから,一時的に大気の温度が下がっても水の温度は変わらないことが考えられますね。①〜④は妥当,⑤は“そんな話はしていないでしょう?”ということで不適。

問4
ジベレリンが,草丈を高くする方向に作用することは教科書レベルの知識。矮性のイネでは,ジベレリンが過剰なのではなく,不足しているのでしょう。矮性のイネで異常花粉の割合が高く,かつジベレリンを吸収させることで正常花粉の割合が高まるということは,ジベレリンは正常花粉の形成に寄与する(=阻害から守る)ことが分かります。草丈が低いイネは,ジベレリンのレベルが低くなっていることが考えられるので,低温時に正常な花粉形成が阻害されている(=弱い?)のかもしれません。ここで,「低温に対して弱い/強い」が,「低温時に正常な花粉形成が阻害されやすい/阻害されにくい」ということならこれで正解できると思いますが,弱いとか強いといった表現では何を以てそう言っているのかが曖昧で,かつそれはホモサピの勝手な価値判断なので,問うならもう少しちゃんと問題文中で定義して欲しいところですん…(上の第2問Aで,植物の“強さ”について,背丈が高くて競争に勝てること等と説明したように,ということです)。

問5
化学で凝固点降下を学んでいると思います。溶質の濃度が高いほど,凍りにくいというアレです。植物が低温に「慣れる」というのはいかにも擬人的な表現で,例えば動物の慣れのように神経終末のカルシウムチャネルとかシナプス小胞とかが関わっているわけではありませんから,「慣れる」とはどういうことかを考える必要があります。ここでは凝固点降下のことも踏まえつつ,“徐々に細胞内のアミノ酸や糖の濃度を高めること”と解釈すれば良さそうです。2℃くらいの低温で,そのスイッチが入るんでしょうね。さて,①の選択肢ですが,なぜ順序を入れ替えたのか。これが不適です。②〜④は妥当ですね。

 

―解説は以上―

昨年度の第1日程が易しすぎたので,少しばかり難しくされたのだと思いますが,現時点での予想平均点が48と,5割を切っていたのは見込みが甘かったというのが正直なところです。来年以降の受験生の皆さんには,ぜひとも今のうちから,まとまった量の文章を読んで理解する訓練を積んでおいてほしいです。ウン十万人が受ける試験として妥当かどうかはさておき,“生物の知識が要求される,国語(現代文)の評論の問題”と考えるのがいいかもしれません。

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