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さよなら、For Tracy Hyde

今回のnoteは、松崎によるエッセイです。この間解散してしまったFor Tracy Hydeというバンドについて書いています。

ぼくが音楽をよく聴くようになったのは高校一年のころで、訳といえばスマートフォンを買ってもらってサブスクを使えるようになったからというのが大きいのだが、そのとき夢中になったのは渋谷系や東京インディーやネオシティポップと呼ばれる音楽家たちで、聴き始めたころにムーブメントはすでに終わっていた。
 オザケンは復活していたけれど、フリッパーズが登場した時の衝撃は知らないし、シャムキャッツは解散して、ヨギーやネバヤンは中堅の仲間入りをしようとしていた。

 ぼくは彼らの音楽に感動しながら、でも、それを自分のものだとは思えなかった。ぼくはアンデパンダン展やネオダダのムーブメントに憧れるように、すぎた過去の熱量を体感しようとした。インタビューを読み漁り、ライブ映像を見た。そうして結局、その場にぼくは居合わせなかったのだ、という事実だけが残った。

 大学生になってすこしはお金を自由に使えるようになったので、ときどきライブに行くようになったのが、いつも若手のツーマンやスリーマンのライブを見に行くようにしていた。そこにシーンの熱狂を感じられるような気がして。

 そんなぼくがフォトハイのチケットを取ったのは、ただの思いつきというか『Hotel Insomnia』というアルバムが去年の12月に出て、それがすごく良くてその日のうちにめずらしくCDを買って、ライブにも申し込んだ。正直なところ、もう少し時間をおいていたら申し込まなかったと思う。ライブのチケットは高くて、少ないバイト代でやりくりする中で、削られる順位はけっこう高いから。あまりにアルバムがよくて聴き終えたその熱量のままに申し込んでおいて、ほんとうに良かった。申し込んだ時にはフォトハイが解散してしまうなんて思っていなかった。

For Tracy Hydeはずっと前から知っていて、Apple Musicのトップソングは聞いていたけど、熱心に聴くようなバンドではなかった。キャリアもながく、知った時には、四枚目が出たばかりだった。だから次のアルバムがでたら聴こうと考えていた。リリース日に聴けば、ぼくは自分ごとのように熱狂できるだろうから。そしてその目論見は正しかった。ぼくはこれが今いちばんアツい音楽だ!と思ってHotel Insomniaを何度も何度も聴いた。ディスコグラフィーを遡り、通学でもバイトの行き帰りでも聴いた。そういえばこの雑誌の第2号は「もうチルしている場合じゃない」なのだけど、Hotel Insominaの先行シングル「Subway Station Revelation」のイントロは、ぼくにそのタイトルが正しかったということを教えてくれた。

 そして一月の頭の解散発表。ぼくは親の家でその情報を知った。好きになったばかりだったから、すごくショックだった。ぼくはようやく自分のものだと思えるバンドを見つけることができたのに。去年はlyrical schoolもNumber Girlも解散してしまって、フォトハイがナンバガ解散以来のライブで、また解散ライブかよとも思った。

 チケットを発券すると整理番号が14(たしか)だった。最初で最後のフォトハイをぼくは2列目で観ることになった。

 3月25日の渋谷WWWXは超満員で、前列のぼくらは二回ほど前に詰めないといけなかった。こんなに多くの人がいる中で、半年もちゃんと聴いていないオレがここにいていいのかと思いながら開演を待った。

 ライブはもちろん最高だった。UndulateからLeave the Planetまで、ぼくは全身で音を浴びた。なんていうと陳腐な表現だけれど、本当にそうとしかいいようがない。The First Timeのビーチボーイズライクなグッドメロディーも、Lungsの視界が開けるようなサビも、Milkshakeの押し寄せるギターフレーズもリーブザプラネットの気持ち悪くなるくらいお腹に響く低音もぼくは2列目で体感した。それはもう誰が何と言おうとたしかに、ぼくのための音楽だった。最初の一音か、Can Little Bird Remenberの1, 2, 3, Forever!という掛け声も、夏bot氏が「東京でいちばん美しいバンド」と言った最後の最後まで、それはぼくのための音楽であり、ぼくのための空間だった。ぼくは熱狂の中で、ああ自分はたしかに、この熱狂の一部なのだと感じていた。

 さよなら、For Tracy Hyde。ぼくはきっと、10代最後の日々、その美しい思い出のひとつとしてあなた方を思いだすでしょう。ありがとうフォトハイ、東京でいちばん美しいバンド。

(文責:松崎)

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