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アイスコーヒーと洋楽と。

人の手によって作られた無骨さは、愛着をわかせるのに十分だった。

黒字の中に、クリーム色の斜線がいくつも入った幾何学模様の入れ物。

「◯◯焼」と呼ばれるようなコップに注がれたコーヒーには、大ぶりの氷がプカプカと浮かんでいる。

南極にも匹敵するような凛とした佇まいだ。
実物は見たことないけれど、想像の中にどんと存在する最南端の島。

今日の気温はずいぶんと暑い。
自宅から歩いて訪れたそのお店に着くころには、体が火照っていた。

待ちきれないとばかりに、アイスコーヒーの入った器を持ち上げる。

下唇をコップにつけたときのザラッとした感触。上唇と下唇を挟んだときの、思ったよりある厚みに少し驚く。

口に含むまでのわずかな瞬間に、鼻まで届く香ばしさ。コーヒーの香りを思いっきり吸い込む。

口に入り込んだコーヒーは思いのほか冷たくて、含む量を少なめに調整しようとコップを浅く傾ける。

苦すぎず、酸っぱすぎず、ちょうどいい味。

口の中の温度が瞬時に下がり、ついで喉に向かって温度変化は続いていく。

コーヒーを飲み込んだ後は、スコール後の地表のように温度が安定する。

コーヒーを飲むという一連の動作が、1コマ1コマの絵コンテのように鮮明に映り、記憶の奥に沈んでいく。

今日という日は二度と戻ってこない。

そんな少し物寂しい気持ちを感じる。

きっと、室内に流れている洋楽のアコギギターの音色が郷愁をかき立てるからだ。

これから私はどこにいくのか。
そんなぼんやりとした思いがよぎる。

コーヒーにぽっかり浮かぶ氷のように、身を任せていればいいのかな。

ずいぶんとセンチメンタルな気持ちになるのは、ギターの音色と男性ボーカルの歌声のせいだけではない。

ぽっかりと時間があいているからなのか。

仕事以外に、やりたいことはたくさんあるのに。でもいいんだ。

今はただ、コーヒーを口に含み、静かなギターの音楽に身を委ねたい。

そして思う。
ぼんやりする時間って、なんて贅沢なんだろうって。

ずいぶんと前に置いてきた、この時間。
やっと私の元に帰ってきてくれた。

喜びも混じったセンチメンタル。
今はこのままでいい。

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