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ハイデガーと老子 【現代国語教室2】

ハイデガーは、20世紀を代表する哲学者の1人です。
1976年に87歳で亡くなるまで、『存在と時間』をはじめとする多くの著作を残しました。その量は、全集で90巻という膨大なものです。
彼の影響力は大きく、有名なハンナ・アーレントも、一時期師事していました。日本の三木清も、彼の講義を聴講していたことは有名な話です。

世界中の思想家に影響を与えていたハイデガーが、中国の『老子』の影響を受けていたことは、あまり知られていません。
上海で生まれ、コロンビア大学で哲学博士の学位を得た後、アメリカの大学で教えていた張鐘元チャンチュンユアンさんの著作『老子の思想』(上野浩道訳 講談社学術文庫1987年刊)に、そのことが書かれています。
張さんは、生前のハイデガーと直接会って話をしたことがあるそうで、「お互いに共鳴し合った」と当時のことを書いています。
特に、ハイデガーは、その著書『実存と有』で「現存在としての現存在は、つねに無から生じる」とし、注釈では『老子』四十章の「天下のあらゆるものは有から生まれる。有は無から生まれる。」が引用されているそうです。(張鐘元著『老子の思想』P.15)
ハイデガーの専門家である木田元さんは、その著作『ハイデガーの思想』(岩波新書)で、

西洋文化の形成原理を根底から批判しようとするハイデガーの思想には、たしかに東洋思想とどこか通底するところがある。そこから、彼の思想を東洋思想のあれこれに引きつけて解釈しようとする試みも、すでにおこなわれている。
(中略)
そうした比較思想的考察も必要ではあろうが、それにはまずハイデガーの思想をそれ自体に即して理解しておかねばなるまい。私はここでは、彼の思想を短絡的に東洋思想に結びつけるようなことは避けようと思う。

『ハイデガーの思想』(岩波新書)P.26

としています。

20世紀を代表する作家や思想家、哲学者や詩人の中で、東洋思想に触れなかった人は皆無ではないでしょうか。
シュペングラーの著作『西洋の没落』や、ニーチェの「神は死んだ」という発言も、キリスト教的価値観が崩れたことから、欧米人が「精神的模索の時代」に入ったことを表していると言えるでしょう。
19世紀のアメリカでは、エマソンやソローのように、東洋思想を深く理解している人が登場しています。ソローが著した『森の生活』を読んでみると、『論語』『大学』『中庸』の引用があちこちに出てきます。
『老子』がラテン語に翻訳され、ロンドンの英国学士院にもたらされたのは、1788年といわれています。
その後、1844年までの間に、フランス語やドイツ語に翻訳されました。
あのヘーゲルも、1816年のハイデルベルグ大学でおこなった歴史哲学の講義で『老子』に関するコメントをしているそうです。(張鐘元著『老子の思想』P.13)

21世紀の私たちは、グローバル化の時代にいます。
そこでは、東西融合の文明文化がますます発展していくことでしょう。
これからは、一部の思想家だけを研究するのではなく、東西の文明文化を築き上げてきた、多くの思想家に触れることが重要となってくることは間違いありません。


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