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林語堂「人生をいかに生きるか」【阪本勝訳・講談社学術文庫】

閑適生活を愛し、人生をいかに楽しむかを追求した林語堂リンユータンは、アメリカ人には「三つの欠陥がある」と述べています。
それは、「能率」「正確」「功名成功欲」の三つです。(林語堂著「人生をいかに生きるか」阪本勝訳・講談社学術文庫・上巻第七章優遊論)

アメリカ人が中国人のように悠々として暮すことのできないのは、彼らの仕事欲と、行動アクションすることを生きてビーイングいるということより大切に考えるところに、直接由来しているのである。
(中略)
われわれの生活にも品格のあることを要求したい。だが不幸にも、品格というものは、一夜づくりでできあがるものではない。酒の芳醇なるにも似て、静かにかまえて長い歳月の過ぎ行くのを待たねばならぬ。
(中略)
品格というものは、老成とでもいうべきものと不可分のものであって、品格のそなわるまでには時日じじつが要る。
(中略)
古寺院や、時代のついた家具屋、古色のある銀や、古めかしい辞書や印刷物をわれわれは愛するけれども、老人の美についてはまったく忘れてしまっている。かような美を鑑賞することは、人間の生活に欠くべからざるものと私は思う。けだし、美とは、老、熟、いぶしにあると考えるからである。

林語堂著「人生をいかに生きるか」阪本勝訳・講談社学術文庫 P.272~273

林語堂リンユータンは中国福建省の生まれです。
父親はキリスト教の牧師であったそうですが、本人は、神学校を卒業した後、神学に懐疑を抱いたことから絶縁し、アメリカのハーバード大学、ドイツのライプチッヒ大学で学位を得た後、北京大学教授となったそうです。
その後、アメリカに移住し、英文の著作を刊行し、世界中でベストセラーとなるほど、彼の著作は愛されました。(同書・訳者まえがき:P.8)

かの渡部昇一さんも「人生達人の書」として、序文を書いています。

個人の内的充実に関心を向ける時期が来たようであるが、(昭和54年当時)
林語堂リンユータンから学ぶことが多い。

林語堂著「人生をいかに生きるか」阪本勝訳・講談社学術文庫 P.5

人生の豊かさというものは、人としての品性や品格というものを、じっくりと養うことにあるような気がします。
まずは「自分が豊かになること」が、人生最大の目的と言えるのではないでしょうか。
人間性の「養成」と「老成」、オーウェルが言うところの「decencyディセンシー」(人間らしさ)があれば、死ぬ直前でも、最高の自分でいられるでしょう。
「品性や品格を養うところに、人生の目標がある」とするならば、歳をとることも怖くなくなります。
ヘルマン・ヘッセの著作に「人は成熟するにつれて若くなる」というものがありますが、表紙に使われている晩年のヘッセの写真を見る度に、思わず惚れ惚れとしてしまいます。
この表紙にあるヘッセの老成の美と格好良さを目にしてしまうと、つくづく「このような人になりたいものだ」と思わずにはいられません。

林語堂リンユータンは、ミレニアムの頃には、さすがのマンハッタン街をせわしなく闊歩するアメリカ式の「go-getterがむしゃらに働く人」も、東洋式な悠歩者として、悠然と歩くようになるだろうと考えていたようです。

マンハッタン街のミレニアムがもっと多くの悠々閑々たる午後があって然るべきである。

林語堂著「人生をいかに生きるか」阪本勝訳・講談社学術文庫

今もなお、世界経済の中心であるニューヨークの午後がそうなる日は、はたして来るのでしょうか。



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