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葉桜の頃

届いた手紙に添えられた一枚の桜の葉には、真ん中や端に、小さな虫食いの跡が数ヶ所ありました。初めどういうつもりでこの桜の葉が届けられたのか図りかねましたが、額に入れて飾ってみると、ちゃんとした一枚の絵のようでした。虫食いの跡に情緒を感じ、あなたらしいセンスだと感じました。

あなたは自宅の本を図書館のように分類して整理整頓していると手紙に書いてありました。一つでも違う場所にあると気が狂いそうになると一言添えられていましたが、そんなあなたに久しぶりに逢いたいと思いました。

人は論理的に物事を考えているようで、意外とそうではないかもしれません。複雑に理解できない部分に突き動かされていて、論理的だと思い込んでいるに過ぎないと。おかしな行動だと思われるところに、真実は眠っているに違いないのです。

あなたと知り合ったのは、深夜の無人駅でした。あなたは家出をするところで、僕はどこか死に場所を探しているところでした。神様はなぜそんなところで、あなたと知り合わせたのでしょう?すぐに運命という簡単な言葉で片付けてしまう人が多いですが、語りつくせない長い物語を秘めていることを知ってしまいました。

深夜の無人駅で、貨物列車しか走らないホームのベンチに座って、二人語り明かしました。そのときも確か葉桜の季節でした。地虫がジジジと鳴く音だけが響く、静かな夜でした。

あれからあなたは病み、僕も病んで、二人別々の場所で暮らし、文の遣り取りを続けてきました。

僕の手紙はあなただけのためにあるもの、そして、あなたの手紙は僕だけのものとして、この世に存在することを誇りに思います。他の誰かが読んだとしても、反吐の出るような、頭がおかしくなるような内容に違いなくても、それでいいのです。

あなたはいつも手紙の最後に、さよならと書きます。
僕はもうこれっきり手紙は届かなくなるような気持ちになって、もしくはあなたは今すぐにでもどこか遠くへ行ってしまい行方知れずになるような気持ちになって、悲しい気持ちになってしまいます。でもそれがあなたの言葉なら、僕はそれを受け止めるのです。

僕はあなたにはいつも、またねと書くようにしています。その、またねもまた嘘になってしまうとあなたはお思いになられるでしょう。あなたは僕の言葉を、僕と同じように悲しい気持ちで受け止めているのかもしれません。

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