酒造りに諦めムードの蔵人を動かしたモチベーションマネジメント 津南醸造
新潟には、ものづくり技術、古くからの伝統を受け継いだ企業が沢山あります。ですが、後継者が見つからず、廃業を選択せざるを得ないケースも。私たちエスイノベーション株式会社は、親族以外の後継者を見つける「第三者承継」という新たな選択肢を提案しています。
第2回目のコラムは事業承継を経て津南醸造社長に就任した。津南醸造・樺沢敦代表取締役のインタビュー。1996年の創業から赤字経営が続いていた酒蔵をわずか1年で売上を倍増に導いた経営手腕と、蔵人たちを動かしたモチベーションマネジメントについて伺いました。
津南醸造との出会い
津南醸造とは、経営再建を目指し外部資金と人材を投入した際に、FARM8として業務提携させて頂きました。それが2019年です。当時の古澤社長は、社長を継続し、私は取締役に。津南醸造は、近代的な作りの酒蔵で、再現性が高く、外的要素も受けにくいんですよね。私自身、乳酸菌発酵させた酒粕を商品化する事業も行っていたので、津南醸造はとても可能性のある酒蔵だと感じました。
自信と共に突き抜ける!
これまで、コンサルタント業で、日本酒や観光蔵のプロデュースや再生の経験があったので、マーケティングに関しては、ある程度の自信がありました。
取締役になり、早速、H P、E Cサイト、S N Sアカウントを新しく開設。
新銘柄「GO」のプロデュース パウチタイプの日本酒の発売。
私自身が得意とするマーケティング知識を最大限に発揮しました。
さらに、社員のコミュニケーションを深めるためSlack(ビジネスチャットツール)を取り入れ、役員や社員の色々な思いを吸い上げました。取締役になってから、約1年で私が津南醸造に行ったアクションです。
急激な変化に疲弊する社員
Slackで、役員や社員の色々な考えが聞けた所までは良かったのですが…
それが、意見なのか、指示なのか。当時の津南醸造には、良いアイディアが生まれても、それをまとめて実行する人がいない。皆、誰かがやってくれるよね!って状態です。
人任せで、意思決定のプロセスが全く確立していない。
さらに、ZOOMにSlack、初めて使うツールに、着いていくのがやっとの社員も多く、酒蔵の急激な変化に疲弊した社員は次第に部屋にこもるようになりました。彼らにも、長年、酒蔵で働いてきた言い分がある訳です。
津南醸造が変わる時
あの頃は、自分も含め、蔵に携わる全員が、主体性に欠けていて、客観的に津南醸造を見ていたように感じます。
私自信、このままでは蔵の再生は無理だと感じるようになりました。
誰かが酒蔵を一つに。
2020年12月 事業承継を望んでいた前古澤社長から、津南醸造を引き継ぎ 代表取締役に就任しました。(通年雇用の社員4名、杜氏1名、冬季社員5名 全ての従業員の雇用継続)
また社長変わったんですか…。
さて、マーケティングに関しては、ある程度の自信はあったのですが、いざ蓋を開けてみると、大きな施設に、機能していない組織。
社員達からは、「また社長変わったんですか…。」という冷ややかな反応です。
さらに、資金は底をつき、酒米を買うお金もない。
蔵人からは「そんなに酒作れませんよ…」の一言。
これだけの施設がありながら、多くの量を仕込んだことがない。
皆、口を揃えて、あれも、これも、できません!
聞けば、多くの不満を持っていて、
何かを突破する喜びがない状態が、何年も続いていたのだと感じました。
その時、樺沢は・・・(笑)
でも、その時、僕の中でプロフェッショナルのテーマが頭の中に流れ始めて
「その時、樺沢は…。」みたいな(笑)
ゼロからの方が面白いですよね。上向くだけしかない宝の山です。
設備も整っている、賞も取りまくって蔵人の腕もいい。
なのに、皆、全員モチベーションが低い…。働き甲斐がない職場なんです。
まずは、社員の不満を聞き出すヒアリングを行いました
「いま困っていること、どんな小さな事でもいいから聞かせて下さい」
・蔵の湿気がひどい(20年間続いている)・蔵の換気扇の音が大きい(作業に支障がある)・冬の敷地内の点検用にスノーシューが欲しい…
すぐに解決できない事もありましたが、まずは、社長の私自身が、蔵人の環境を整えるポジションに立ち、酒蔵の基礎となる組織づくりを行いました。
何よりも大切なのは社員のモチベーション
実際、マーケティングに関しては大幅に変えた所はなく、取締役時代に見直した、原価計算、P L(損益計算)、B S(貸借対照表)、C F(キャッシュフロー)を踏襲したくらいです。
経営の骨格さえしっかりしていれば、企業は何とでもなります。大事なのは、働いている人たちのモチベーションなんです!
まぁ、そうは言いながらも、社長になった頃は、津南醸造のメンバーと何かやってやるぞ!というワクワク感と、壮大な不安が、頭の中でひしめき合っていましたね
酒蔵の全体像の共有
何よりも大きな変化は、酒が作れないと言っていた社員に、酒を作って貰った事です。酒蔵なんだから、酒を作るって当たり前と思うでしょ(笑)
まずは、これだけ大規模な酒蔵を維持管理するには、稼働率が低ければ赤字になる!という、基本的な酒蔵の全体像を社員で共有しました。これまで、全体像を社員に示してやれるだけのトップがいなかった事も赤字の一つの要因と感じました。現状を知って、「酒を作ろう!」が「酒が作れる!」に変わった事は、大きな一歩です。
売上90%増!生産量は5倍!
この1年間で、売り上げは前年比90%増!
日本酒の生産量は5倍に増え、酒蔵の稼働率も60%まで上がりました。
酒蔵ができて26年が経ちますが、社員は初めて経営改善を経験したわけです。蔵ができてからこれまでの二十数年は、先がどんよりして行く先が見えなかった。でも今は、遠くの方に明るみが見えてきた。トップがいかに光を示すかが大事だと考えています。
酒蔵のブランドづくり
津南醸造というより、津南町のブランド造りを根底に置いています。具体的には「持続可能な資源循環」「自然との共存」「関わりしろ」の3つです。
持続可能な資源循環
資源を循環させるという面では、酒造りの副産物の酒粕を発酵ジェラートなどにアップリサイクルし価値を生み出しています。店頭でお渡しする買い物袋も、お米由来のバイオマスプレスティックに切り替えました。酒造りの責任として、資源を無駄にしない循環作りも積極的に進めています。
地元の水、米、想いを込めた日本酒を作り、津南ブランドを確立させ、それを応援する人を増やす。高校野球に例えると、全国から最強の選手を集めた学校より、地元で育った選手が頑張る学校を応援したくなりますよね!地域にしっかりとお金を入れ、地域を育てて行きたいです。
自然との共存(Local Optimization)
津南醸造の駐車場まで、カモシカが歩いて来るんです。びっくりしますよね。でも、地元の人に聞くと、カモシカはここら辺では普通だって(笑)いやいや、カモシカがフラ〜と立ち寄る酒蔵なんて新潟県でも他にない!津南と同じ自然を作ろうとしても、何億かけたって無理なんです。「酒造りの為に環境があるのではなく、環境のもとで酒造りができている」という事を忘れずにいたいです。地元の水、米、想いを込めた日本酒を作り、津南ブランドを確立させ、それを応援する人を増やす。地域にお金を入れ、地域を育ててる。これからも、津南の自然環境や営みと共存して行きたいと思っています。
関わりしろ
関わりしろ。これは私の意思がかなり入っているのですが、日本酒はこうあるべきだ!とう概念を取っ払い、色々な業種と関わってみること。
日本酒×アウトドア (野遊び用パウチ日本酒:GO POCKET)
日本酒×馬 (馬で耕したお米を使った日本酒:田人馬)
日本酒×onkyo (スピーカーの音楽加振で熟成)
これは、私自身の人生観でもあるのですが、常に誰かと握手する準備を整えておく。津南町の地域づくりに連動しながら、関わりしろの多い酒蔵として、新しい価値観や可能性を見つけて行きたいです。
この3つの柱を守り続けることで、
100年後も、自然を大切にし、米作りから酒を楽しむ文化が、津南に残るはずです。
ブランディング戦略
販売に関しては、銘柄ごとの棲み分けを明確にしています。WEBプロモーションは津南醸造の強みの一つですが、あえてECサイトで購入できない銘柄も作りました。
「G O」は特約店・販売店での取扱はなし、E Cサイトと海外のみの販売。
「つなん」はECサイトでの販売はなし。店舗限定販売の商品です。
海外では、プロモーションで手応えのあった香港をはじめ、アジア圏への輸出が伸びています。
モチベーションを上げる責任報酬・プレスリリース
黒字化により、責任報酬手当を取り入れました。
例えばパウチ日本酒の1日の生産量を管理する担当者を決めるわけです。
目標が達成されたら報酬が出る。目標に達しなかったとしても、プロセスを振り返る癖が付く。これは、K P I(業績評価)にもつながり、何よりも酒蔵全体のパフォーマンスが上がりました。
さらに、この1年は前年の5倍プレスリリースを配信しました。社員を前面に出し、インナープロモーションの要素を強くしています。他には、バーベキューをしたり、お酒を飲みに行ったり、休憩時間もできるだけ一緒に過ごしました。社長に声をかけやすい環境づくりを大切にしています。
マーケティング哲学
じゃんけんは、勝ちと負けがあって「勝ち+1」「負け−1」両者を足したらゼロです。合計がゼロになる世界は、誰かが勝ったら、誰かが負ける。これが「ゼロサム」の世界。
例えば、ブランディングが上手な会社が1社出てきたら、今まで上手く行かなかった1社がなくなる「ゼロサム」の構図には興味がなくて、常に新しい市場が生まれる「プラスサム」の世界を目指しています。
だから、これまで誰も手をかけなかった業態との可能性を突破する、そこに色々な反応が重って日本酒の世界が広がっていったら最高ですよね。人生の中で、酒蔵の社長という非常にレアなポジションに立っています、新しいマーケットにファーストペンギンできるのは今しかないと感じています!
日本酒とSCENE
それには、日本酒を液体や味だけで評価する世界観から抜け出し、「シーンづくり(場面や景色)」が大事だと感じていて。
コンセプトは「日本酒がなかったSCENE(シーン)に日本酒を」。キャンパーがコーヒー片手に焚き火を囲むように、日本酒も時間の豊かさが楽しめる飲み物だと思っています。
実際コンセプト通り、「#絶景と日本酒」「#焚き火で熱燗」などS N Sでの広がりがあり。パウチタイプの日本酒は、これまでの「瓶」では持ち運びしづらかったシーンに日本酒の居場所を開拓しました。購買層も圧倒的に若返り。特に30〜40代が増えています。今まで日本酒を飲まなかった世代に浸透してきているのが何より嬉しい事です。
事業承継を経て社長になる方へ
私自身も、事業承継で経営責任者になったのは初めてでした。この1年で痛感したのは、主体性のバトンタッチの重要性ですね。自らの「ど真ん中」に、いかに会社を持ってくるかです。そもそも、自分が立ち上げた会社ならば、主体性や方向性は明確なわけですが、誰かが生み出した事業の軸に、自分のモチベーションを移動させる事が最初はとても大変でした。
そして、これは一つ隠れポイントですが、主体性を持ちながらも、誰かに頼りまくる(笑)
恥ずかしがらずにめちゃくちゃ頼る(笑)社長だって困ってます!って言って良いんです。事業承継で社長になるチャンスって稀だと思うのですが、ある日突然、色々な歯車が噛み合う瞬間がやってきます。リーダーは諦めない!やり抜く!圧倒的な主体性を大切にして下さい。
また、もしも私が、津南醸造を次の経営者にバトンを渡す事があるならば、これまで、緊急性が低いものをおざなりにし、目の前の物だけに対応してきたこの構造を変え、私の代でしっかりと役員報酬が払えるような予算組、それを含めた原価計算!経営を持続できる体制を橋渡ししたいですね。
最後に、いつも私自信のモチベーションを上げてくれるのが、津南町の可能性です。これからも津南の地域資源のファンを丁寧に育てて行きたいです。
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