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【連載小説】 吸血鬼だって殺せるくせに 8.5話

馬の悪魔と花の天使

次の目的地であるフィジールは、イーストレア村から相当離れた場所にあった。

長旅に備え、ジェイス達は遠回りして、リドルナ―ドという街で長旅の準備を整えようと立ち寄ることにした。

リドルナ―ドはあらゆる商路の中継地点としても使われる街。

領主の城と教会を中心に、円形に発展した街並みは圧巻で、公国の中でも大きな都市のひとつだった。

立派な市場を見て回ると、本来の目的以上に色んな物が欲しくなるもの。

ジェイスは宿をとった後、色々と見てまわることにした。

「よし、俺は少し出てくるが……お前はどうする?ディページ」

すると、ベッドで横になるディページがジェイスを見ずに返答する。

「……俺はいい。お腹いたい」

「おなか?」

「うん……」

「……悪魔が?」

「うん」

それ以降ディページの返答がないので、ジェイスは何も言わずに部屋を出て街にむかった。

ジェイスが部屋をでると、ディページがチラッと部屋の周囲を確認する。

立ち上がりドアに耳を当てて、ジェイスが本当に行ったのかを確認。

そして完全に1人になったことがわかると……

「ッしゃああああああああああああああああああッ!!!!一人の時間だあああああああああああああああああああああ!!!」

と、大きな声をあげた。

「何しよっかなぁ♪…まずはお金だよねぇ」

そして平然とジェイスの荷物を漁る。

しかし、この行動は当然ジェイスに予測されており、荷の中には少ししか金を入れていなかった。

「3リタしかない……しけてやがるっ!」

と、言いつつ。

ディページはちゃっかりポケットにそのお金を入れる。

「ん~……まぁ安い娼館ならいけるかな?……とりあえず街にいこ~っと!ひゃっふぅ!!!」

部屋にいるように言われているが、自由を愛する馬の悪魔にそんなのは関係なし。

ぴょんぴょんと跳びはねながら、宿をでる。

「♪」

リドルナ―ドはとにかく人が多く、入り組んでいた。

しかしディページは欲望が忠実に働いたのか、何の迷いもなく酒場や娼館が並ぶ通りにでる。

夜に立ち寄るような店が多い通りだが、昼でも人がたくさんおり、ディページを見ると皆が熱心に客引きをしてきた。

「おっ!にいちゃん!うちの店かわいい子いるよ!」

「いくら?」

「夜まで一人4リタ。店にくれば直接好みの娘を選べるぜ?どーだ?」

「4リタ……」

ディページは手のひらのお金を見る。そして生唾を飲み込んで…

「ごめん、違う店にするよ」

と、断腸の想いで断った。

…というか金が足りない。

その後も何人かの客引きから売り込みを受けたディページだったが…

「ん~…おっきい街だからかな?どこも結構高いや……。もういっそのことナンパして宿に連れこんだ方が……」

なんて、最低男どストレートなことを言いながら町を歩いていると……

ドンッ!

「きゃ!」

「!」

ディページの足元に何か小さいものがぶつかった。

視線を落とすと、そこには6~7歳くらいの少女が倒れており、周りには雑草が散らばっていた。

「あぁ……。ごめんごめん……。よそ見してたよ」

少女は擦り切れたぼろぼろの服を着ていた。靴は履いておらず裸足だ。

ディページは周りに散らばった雑草を見る。

「……ん?なにこれ……草?」

小さい実のついた雑草。たくさんある。

少女はムクリと立ち上がり、ディページの足元をじっと見た。

「……?」

「踏んでる」

「…え?」

自分の足元を見ると、ディページは思いっきり雑草を踏みつけていることに気付く。

「ありゃりゃ…ごめんごめん!…じゃ!俺は忙しいから!じゃーね!」

「……」

すると少女は、みじんの反省もせずに立ち去ろうとするディページに腹を立てたのか……

「まって!」

と、ディページを呼びとめた。

「なに?」

「これ……べ、弁償して!」

「弁償って……」

ディページは散らばった雑草を見る。

「それ、そこらへんに生えてる雑草でしょ?……また摘めばいいじゃん」

「……」

そう言われると、少女は今にも泣き出しそうになりながら、ぐっと拳をにぎった。

そして黙り込み、じっと散らばった雑草を見る。

ディページは面倒と思いながら、一応彼女に聞く。

「なんに使うの?その草。食べても美味しくなさそうだけど……」

「ちがう……」

「…?」

「これは……プレゼント…」

「プレゼント……?」

ディページはそれを聞くと…

「あははははははーーーッ!そんなのもらって喜ぶ人なんているわけないじゃーん!」

とケタケタと少女に指を指して笑った。なんてやつだ……。

さすがにこれには少女もショックを受けてしまい…

「うぅ……」

「はははははーーーッ!ははは…!はは…は……」

「うぅぅぅ……」

「あ……」

「うぅぅぅぅ…ッッ」

「いや、嘘だようそ!ごめ……ッ」

そして……

「びえええええええええええええええええええええええええ!!!!!びゃあああああああああああああああああああああ!!!!!」

大きい声で泣き出した。

「わっ!わっ!ごめんって!」

「びえええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

「皆みてるから!泣くのやめてって!」

「びえええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

「わかった!わかったから!!!」

「びえええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

「俺も手伝うから、もう一回それ摘みにいこうよ!」

「ほんとう?」

ディページの言葉に少女はぴたっと泣きやんだ。

その移り気の早さにディページは納得いかなかったものの、不機嫌そうに彼女に言う。

「うん。だから泣くのやめてよ……うるさいなぁ」

と彼女に向かって言った。

すると、少女はディページの手を掴んで……

「こっち!」

「わっ!」

と、街の外へディページを連れ出した。

そこは街の入り口だった。道の隅にある、背の高い雑草が生えている一帯。

目の前には林が広がっており、後ろには街に入ろうとする商人の一団が列を成している。

少女はそこでしゃがみこみ、草を摘み始めた。

ディページはそんな少女を見ながら近くに座り込み、溜息をつきながら彼女に聞いた。

「俺……ディページ。きみは?」

「チコ……」

チコは何やら一生懸命に草をむしっている。

手のひらも服も泥んこだったが、なぜかとても楽しそうだった。

「チコちゃんさぁ。なんでそんな雑草なんかプレゼントしようと思ったの……?」

「ほんとはお花がいいんだけど……ここらへん咲いてないし、遠くへ行ったら怒られるから」

「買えば?花屋いっぱいあったよ」

「お金ないから……」

「ふーん……誰にあげるの?」

「ママ!」

「へー……誕生日かなんか?」

「ううん……違うけど……」

ディページは座り込み、ただ草を摘む少女を見ていた。

「ちょっと離れたところにいけば……花がいっぱい咲いてるとこあるんじゃない?」

「え?……本当?」

「この街に来る途中、見かけた気がするよ」

「……遠い?」

「馬を使えば1時間かからないんじゃない?」

「だめ……。ご主人様に……遠くへ行ったら叱られちゃうから…」

「ご主人様……?」

「……うん」

「君……もしかして奴隷なの…?」

この問いに、少女は何も言わずにもくもくと草を摘む。

「ママもご主人様と一緒に暮らしてるの?」

「ううん……ママは違うところにいる」

「……」

その話を聞いたディページは、本当になんとなく……気まぐれをおこした。

悪魔の気まぐれ。いつもの気まぐれ。

なんの理由も意味もない。ただの気まぐれ。

ディページはすっと立ち上がり、しゃがみこんでチコの横に座って視線をあわせた。

「連れてってあげようか?」

「……え?」

「いや、だから連れてってあげるよ。花がたくさんあるところ」

「本当!?」

「うん!俺は嘘はつかない男よ?」

まぁ、割と平気で嘘をつくが……

少なくとも彼女に言った言葉は本当だった。

「でも、私お馬さんなんて持ってないし……何時間も帰らなかったらご主人様におこられちゃうし」

「だいじょーぶ。1時間って言うのは、『普通の馬を使った場合』の話ね?」

「普通のお馬さんじゃないの?」

「うん!めっちゃめちゃ速い馬だよ。まるで悪魔みたいにね」

「……?」

ディページは少女の手を取り、誰もいない家の隅に連れていく。

周囲を見て誰も見ていないのを確認すると……本来の白馬の姿に戻った。

「ブルルル…ッ!」

「!」

少女はもちろん驚いたが……

突然目の前に現れた美しい白馬に見とれて、こぼれるようにこう言った。

「きれい…」

「ブルルッ(ほら、乗って!)」

「……?乗れって言ってるの?」

「ブルルッ!」

馬になったディページの言葉は、悪魔として使役しているジェイスしか聞こえない。

しかし、チコはディページの言葉をちゃんと受け取って…

「うん!」

と、なれない手つきで背中に乗った。

「ブルルッ!(しっかりつかまっててよ!)」

チコが振り落とされないように気を使って走ったディページだったが、それでも目的の場所に10分ほどで到着した。

そこは広い草原で、白と黄色の花がたくさん咲いている場所だった。

チコはディページから降りると、嬉しそうに飛び跳ねて綺麗な花を摘みはじめた。

人間の姿に戻ったディページは、そんな彼女を見ながらあくびをして、空を見ながら背伸びする。

「ディページ見て!!こんなにたくさん!」

「おー!見せて見せて」

「きれい……とってもかわいい」

「チコ!こっちみて!大きな花もあるよ!」

「かわいい!これも持ってく!」

「なんか凄い美味しそうだね」

「ディページ食べちゃだめ!」

こんな感じで花を摘み、2人はすぐにリドルナードに帰った。

今度はリドルナ―ドの郊外に暮らす母親の元にいくためだ。

ディページに乗っている最中、チコはずっと嬉しそうに母親の話をしていた。

「ママ、黄色い花が一番好きなの!これだけあれば、花飾りもつくれる!」

「ブルル」

「ありがとう!ディページ!」

「ブルルッ!」

そして、チコの案内で母親の暮らす場所へ向かったのだった。

「……ここ?」

「うん!」

そこは……

「……そっか」

墓場だった。たくさんの墓石がならぶ墓地。

手入れされていないのか、ほとんどの墓石が風化している。

その中の一つに、枯れた草がたくさん備えられている貧相なお墓があった。

ディページは、それがすぐにチコの母親の墓だとわかった。

チコは嬉しそうに花飾りを作りながら、ディページに言った。

「一週間に3時間だけ…お休みがもらえるの」

「……」

「そのたんびにここにきて…ママにプレゼントを渡しているんだ……」

「……」

ディページは何も言わず、また少女の後ろ姿を見ていた。

「こんなに綺麗なお花をあげられるのははじめて。きっとママも喜ぶ!」

「……そうだね」

死んだ母親のために草を摘む少女。それを見守る、馬の悪魔。

それはとても奇妙な光景だった。

チコは完成した不格好な花飾りを、墓石の上に乗せる。

そしてにっこりとディページを見て…

「ディページ。ありがとう」

と笑った。

「いいよ」

ディページはこの時、複雑な心境に悩まされていた。

それは、今まで抱いたことのない感覚だった。

「チコ……」

「なに?」

「……いや、なんでもないや」

チコはそのあと、母親の墓に向かってディページとの1時間に満たない旅の話をした。

ディページが凄く速かったという話。

たくさん綺麗な花を見たという話。

それをディページは特に何を言うわけでもなく……

時折少女の言葉に相槌をはさみながら…ただ、ただそれを見ていた。

「?」

その時…

廃れた墓に一人の商人のような男が入ってきた。

早足にこちらに向かってくる。

「あ……」

チコはその男を視界にとらえると、あんなに嬉しそうだった顔がしゅんと下を向いた。

ディページはすぐわかった。彼が、チコのご主人様だと。

「チコ!」

「…あの…ごめ…」

バシッッ!

低い声でチコの名を呼び…彼女の前に来ると思い切り彼女の頬を叩く。

チコは大きな声を上げるわけでもなく…

「ごめんなさい…」

と震えた声で呟くように言った。

商人の男はディページに視線を移すと、横目で視線を送り言った。

「あんたは?」

「ん~…ともだち?」

「……ふん」

それを聞くと、男はチコの腕を掴んで強引に連れ出す。

チコはディページを見て、弱々しく手を振った。

「……」

少女と商人は墓を出ていく。

ディページはその場から動かず2人を見ていた。

2人が墓地の裏手に入りディページの視界から外れると、商人がとても大きな声で、チコを叱りつけているのが聞こえた。

「3時間だけの約束だったはずだろッ!」

バシッ!

「もう10分以上過ぎてる!何度言えばわかるんだッ!」

バシッ!

ディページはあくびをした。

別に珍しくもない、奴隷と主人の関係性。

気まぐれで相手をした少女に、悪魔が何か感情を持つはずがない。

ナンパする女でも探そうと、ディページは立ち上がった。

まだ聞こえてくる、罵声と頬を叩くような大きな音。

…なのに一切聞こえてこない、チコの声。

ディページは……

少女の母親の墓と、その上の花飾りを見た。

「時計の読み方は教えてやったな?…何度言えばわかるんだッ!」

バシッ!

ディページは考えた。

チコは今、どんな表情をしているのだろう……と。

初めて会った時みたいな、わざとらしい泣き顔か?

花を積みにいったときに見せた満面の笑顔ではないだろう。

母親の墓の前で満たされた顔でも……きっとない。

「……」

ディページは鼻で溜息をついて、振り向く。

気づけば、チコとその主人の所へ向かっていた。

「……!?…なんだお前?」

「ディページ……」

「……」

ディページはチコを見る。チコの頬は真っ赤になっていた。

あんなに可愛かった笑顔は、無くなってしまっていた。

ディページは商人に言う。

「楽しそうだね」

「……あ?なんか文句でも?」

「いーや、俺はどっちかっていうと人間の悲鳴は好きな方だし……文句なんかないよ」

「ならなんだってんだ?……ぶっ叩かれるガキを見る趣味でもあるのか?それともこんなクソガキを売ってくれって言う変態野郎か?」

「あぁ。そうだね。それでもいいよ」

「……あん?」

その言葉を聞いて、商人は表情を変えた。

そしてディページに近づき、もう一度確認する。

「このガキ買いてーのか……?」

「……うん。買うよその子」

商人はディページの身なりを品定めするようにまじまじと見た。

服装は決して裕福そうではないが、清潔で整った顔立ちとふてぶてしい態度。

商人はディページから何かを感じ取り、もしかしたら商売になるのではないかと思った。

そしてチコに言う。

「チコ……どっかいってろ」

チコはコクリと頷いて、怒られないよう急いで母のいる墓の方へ向かった。

それを見た商人は、さらにディページに近づき……小さい声で言った。

「悪かったよ……。あんな言い方をしたが、チコは結構高いぜ?」

「……ふーん」

「チコはうちで家事をこなしてる……。毎日風呂にも入れてるし、虫歯もない…状態はいいはずだ……いくら出せる?」

「……相場知らないんだ…いくらほしいの?」

「ここじゃ組合を介さない奴隷売買は禁止されてるから、それなりの手間がかかるんだ。…あぁ、心配すんな、もちろん売ってやることはできるぜ?チコは大人になったら娼館に売り飛ばそうと思ってた……かなり清潔にしてあるつもりだ。そうだなぁ……色々込みで……12リタでどうだ?」

ディページの顔には何の表情もなかった。

提示された金額を聞いても、ただ流れるように…

「いいよ」

と、返すだけ。

商人にも、ディページが長話をするつもりがないことはわかっていたはずだ。

しかし商人は12リタという大金をすんなり出すと言う青年を見て……

「あ、待った待った……」

と…話を続けた。

「今まで俺があいつに使った金も上乗せしてもらわねぇとな」

「……」

「女ってのは金がかかるんだ。お前も見ただろ?チコは肌も綺麗だし、髪にも艶がある。毎日馬油とハチミツで手入れさせてるのさ。それを込みでみても……18リタってとこだろう」

しかしディページは何も返さなかった。

それを見た商人は、さらに続ける。

「……わ、わかった。17リタでいいぜ?言っとくが市場で買えば20リタはいく。自分の元で囲っておかなくても、女のガキは高値で売れるんだ。数年経てば女の体つきになって顧客もつく。いい投資になると思うぜ……?」

「……」

「……どうだ?」

「あぁ……いいよ」

ディページのその言葉を聞いて商人は二ヤリと笑い、ディページの肩を大きくたたく。

「ははッ!話のわかる兄ちゃんでよかったッ!」

商人はディページの手を半ば強引に掴み、両手で強く握手した。

「アンタだったら直売価格で売ってやるぜッ!実は家にまだまだいるんだ……よかったら見ていかねぇか?きっと気に入るガキがい……」

その時。

「……る…ん…………だ?」

商人は自らの身体に起こったとある現象に気付いた。

ディページと握手をしている手の感覚がまったく無くなっているのだ。

「!?」

視線を手に落とすと……

両手とも肘にかけて腕が真っ青になっている。

「なんだ……?なんだこれ……」

そしてみるみる黒ずみはじめ、やがてぼろぼろと崩れ始めた…

「ひっ…ッ!!!」

ボト…

驚いてディページから手を離すと、その拍子に腕がまるで腐った果実のように……

低い音を立てて地面に落ちた。

「ひぃいいあッ!!ああああああああああああああああッ!!!」

商人はあまりに驚いて…後ろにのけぞり、尻をついて身体を震わせた。

ディページはその商人をまるでゴミを見るかのような目で見降ろす。

そしていつもの悪魔めいた笑顔を向けた。

「ガキの時教わらなかった?悪魔とは契約をしちゃだめだって……」

「ひっ!!ひぃいい!!あ、悪魔ッ!!??悪魔だとッ!!!」

ディページはゆっくりと彼に近づき、地面に落ちた男の手を拾う。

それは完全に腐っており、ひどい悪臭を放っていた。

「こんな汚ない手でチコを叩いてたんだね……」

「あ…あ……ぁ…たす…たすけて…くれ」

商人の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

その姿を卑下するようにディページは笑い、男に視線を合わせるようにしゃがんだ。

「あはっ……チコはあんなに叩かれても一切泣かなかったのに。アンタはすぐ泣くんだね。……うける」

「ごめ……ご…ごめんなさ……」

「はは、まさかアンタ慈悲を求めてるの?……それ、悪魔相手じゃ意味ないよ」

「あ、あ…あ………ッ!!!!………」

瞬間、一切の断末魔も響かず。

そこには腐った死体だけが残された。

チコはただ墓を見てうずくまっていた。

戻ったディページは、そんな彼女の横に座る。

するとチコは周りを見て……

「あれ……?ご主人様は…?」

と聞いた。

「さぁ……急にどっかいったよ。仕事が忙しいんじゃない?」

「え?」

しかしチコは頭のいい子だった。

とても無垢な表情で、ディページに聞く。

「……ディページ、もしかして……私を買ってくれたの?」

「……」

チコは真ん丸な顔でディページを見つめる。

それを見たディページはぶふっと吹き出し……

「まっさかーーっ!俺はチコみたいなガキんちょ買うわけないじゃーーーーんっ!俺はもっとおっぱい大きくて色っぽいお姉さんが好きなの~!」

と、馬鹿にするように笑った。

それを聞くと、チコはムスっとディページを見る。

ディページはそんなチコの顔を見て、彼女の母親の墓を見た。

そして彼女に言う。

「でも……」

「……?」

「君はもう自由だよ。チコ」

「え?」

「自由」

「……」

そう言ってディページは、ジェイスの荷物から奪った3リタを彼女に渡した。

「ご主人様があげるって」

「……え…?そんな…嘘だよ。……こんなたくさん」

「本当だって。それだけあればいい服も買えるし、きっと馬車で違う街にもいける。俺人間の生活とかよくわからないけど、きっとチコみたいなガキんちょでも働ける場所があるんじゃない?」

ポカンと見つめるチコに、ディページはもう一度言った。

「チコはもう自由なんだから」

それを聞くと……チコは驚いた表情を崩さないまま…静止したまま…

ぽろぽろと綺麗な涙を流した。

「……」

ディページはそれを見て驚き、つい目をそらした。

だって、こんな美しいものを見たことがなかったから。

なにより性に合わないと思ったのだ。

感謝されるなんて、悪魔らしくない。

しかし…

「ディページ!」

「……!」

チコはディページを思い切り抱きしめて……今度は嬉しくて…

思い切り、思い切り泣いた。

「ーーーー!」

ディページは何人もの女を抱いてきた。

だけど、おそらくその誰よりも優しく……なにより暖かく少女を抱きしめた。

こうして悪魔であるはずのディページは、少女の白馬の王子様になった。

まぁ今回は白馬『が』王子様……なわけだが。

チコと別れ、ディページは宿に戻った。

部屋に入ると、ジェイスが鬼のような形相で立っていた。

「ジ……ジェイス!」

「……」

「あれ?は、はは…早くない?」

「思ったよりスムーズに買い物が済んだからな」

「あ……ははは」

「俺は部屋にいるように言ったはずだが?」

「えっと!その…まぁ…………はい」

「どうして、お前が俺の後に部屋に入ってくるんだろうな?」

「ふしぎだねぇ…」

と……しらじらしいことを言うディページ。

「あと、荷物に置いてあった金が無くなってるんだが…?」

「あはは…」

あまりに間抜けな態度のディページに、ジェイスは怒る気持ちも萎えた。

大きくため息をついて椅子に腰かけると、ディページに言う。

「ったく……また女に使ったのか?」

「まぁ……そんなとこ」

「懲りない奴だ……しかしなんだ…?今日はずいぶん満足そうな顔してるな?……今日の女はそんなに好みだったのか?」

「……へへ」

ディページは答えた。

「天使みたいな子だったよ」


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