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アゴタ・クリストフ『悪童日記』大まかな分析


あらすじ
第二次世界大戦中に双子の兄弟が祖母の家に預けられ、過酷な環境で生き抜く姿を描いた物語。二人は厳しい訓練を自らに課し、生き残るために感情を排し、冷酷な行動を取るようになる。彼らは戦争の悲惨さや人間の残酷さに直面しながらも、互いの絆を深め、独自の倫理観を築いていく。物語は双子の視点で進行し、彼らの無垢と残酷が交錯する中で、人間の本質を鋭く描き出す。

原題Le Grand Cahierは直訳すれば「大きな帳面」という意味


※ネタバレも含みます

友人に勧められて読んだ『悪童日記』。
めちゃくちゃ面白くて三部作すべてあっという間に読み終えてしまいました。

ここでは『悪童日記』の魅力について分析したいと思います。

シンプルで写実的な文体:
クリストフは後天的に取得したフランス語を用いて書くため、やや文章にある種のぎこちなさがあるといわれているが、それがむしろ物事を簡潔・端的・直接的に表現し、独特のインパクトを持った文体となっていた。
短い文章と簡潔な表現が、登場人物たちの冷酷さや感情の欠如を効果的に伝えていく。
この淡々としたシンプルな文章が、人間の残酷さ・物語の緊張感を克明に描き出す。
そのギャップに、ある種の奇妙さも感じる。

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双子の視点
物語の主人公である双子の兄弟。
彼らの名前は第一部『悪童日記』では明かされず、常に一人称複数形の視点で語られる。
この一人称複数形の視点は独特で、双子の強い絆と一体感を強調しており、彼らの無垢と残酷さが混在する視点が読者に強烈な印象を与える。
と同時に、この匿名性anonymousnessによって登場人物の特殊性が緩和され、一般化されているようにも感じられる。
つまり各々の登場人物は悪人でもあり善人でもあると同時に特殊な人ではなく、誰もがなりうる存在なのかもしれない。

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人間の本質、残酷さ
物語は戦争を背景に、人間の残酷さを生々しく描き出していく。
意地悪なおばあちゃん、子供ながらに官能的な兎っ子、赤ちゃんを抱いて再登場するお母さん、そして差別主義的な女中….登場人物たちの行動や出来事を通じて、人間の本質や倫理観について深く考えさせられる。
そこに人間の美しさは感じない。

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双子独特の正義感
双子は感情を排しているように見えるが、兎っ子を助けたりと決して冷酷なわけではない。
彼らは彼ら独特の正義感に基づいて行動する。

だから差別主義的な女中の住まいに、爆薬を仕込んだりもする。
独特の正義感を振りかざすというのは、何も双子の兄弟独特の行動原理ではない。
誰もがそうだ。
世の中に100%正しいことの方が少ないのに誰もが誰も、自分の正義を疑わない。
みんな独特の正義感を携えて生きている。

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衝撃的なラスト:
物語の最後に、双子の父親が現れる。
双子は父親が国境を越える手助けをすると見せかけて、一人だけが国境を越えていく。
常に「ぼくら」として集合体として行動を共にしていた二人は、国境を境に隔てられる。
父親を足蹴にして。

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堀茂樹さんによる解説がなかなか良かったので、メモがてら抜粋させてもらいます。
・『悪童日記』の各章は…重いテーマを孕んだ状況設定になっている。死、安楽死、性行為、孤独、労働、貧富、飢え、あるいはエゴイズム、サディスム、いじめ、暴力、悪意、さらには戦争、占領、民族差別、強制収容、計画的集団殺戮(ジェノサイド)など、普遍的なものであれ、歴史的色彩の濃いものであれ、シリアスな問題が物語の随所に仕込まれている。その意味で、『悪童日記』はまさに、二十世紀中部ヨーロッパな悲劇の底辺で人間を見つめようとした作品といえる。
・『悪童日記』の主要な魅力は、プロットの妙、主題の斬新な扱い方などにもまして、徹底した非感傷性と独特のユーモアを特徴とする事物と行動の状況劇的描写にあるからだ。…単純で明白で直裁な、反復も定義も辞さない文体…
・なまなましい事象を扱いながら、対象への感情の投影を排するのみならず、個々の事象の観念的ないし心理的説明をも余計なものとして退ける…


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