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感性の旅のために-茨木のり子『詩のこころを読む』

 『詩のこころを読む』という本は、詩人の茨木のり子が、日本の現代詩を若い人たちに向けて紹介したものです。茨木のり子は、1926年に生まれ、太平洋戦争の最中で青春を過ごしました。有名な『感受性くらい』という詩に象徴されているように、己を厳しく見つめながら読み手をも励ますような詩を、世に多く発表してきました。


 そんな茨木のり子は、この本の中で、多くの魅力的な詩を紹介しています。ただ他人の詩を並べ、距離を置いて紹介しているのではありません。茨木は、引用と引用の間で、はじめてその詩を読んだときの実感を、あるときには、なぜこの詩が書かれたかという社会背景への考察をも綴っています。紹介されている詩とともに、茨木のり子の実感や生活から生まれた言葉も心に迫ってくるようです。


 茨木は、「はじめに」の項目で、心の奥深くに沈み、まずまっさきに思い浮かんだ詩を選んだと述べています。その上で、

「若いときにはよくわからず、つまらなかったり、へんにひっかかっていたりしたのが、年をへてから、もう一度読みたくなり、手がかりの二、三行や題名などで必死に探す、という経験が私にもあり、ですから或る種の「むずかしさ」ということも恐れませんでした。」(ⅳ)

とも述べています。


 このような選者から読者に対する姿勢が、なんと言っても、茨木の選詩の魅力だと思います。若い読者を想定しながらも、けっして舐めてはかからない。まず選者自身の経験を大事にしていて、その上で読者にも思いが伝わると信じてくれている。選者から読者に対する信頼が、そのまま読者から選者への信頼につながっています。


 実際、工藤直子「てつがくのライオン」のようなひらがなだけで書かれた詩から、金子光晴「寂しさの歌」の15ページにわたる長編詩まで、選ばれた詩はさまざまです。しかし、多種多様な詩が次々に紹介されることで、どの詩も固有の魅力を放っているように見えます。簡単そうな詩は多くの意味を含みはじめ、難解そうな詩は一つの意味にまとまっていくように読むことができます。


 このように、茨木の選詩と、選ばれた詩ひとつ一つの魅力が詰まっている一冊です。この本を詩の入門書として手に取ってみたとしても、読み終える頃には入門どころか、どこか遠い場所まで飛ばされているに違いありません。若々しい感性を旅立たせるには、打ってつけの一冊です。

<紹介した書籍>
茨木のり子著 『詩のこころを読む』,  岩波ジュニア新書, 1979年

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