江戸川乱歩が大好きだ(後半)
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『屋根裏の散歩者』
世の中が退屈で、犯罪を犯してしまった犯人視点の物語です。
こんな書き出しで始まります。
この郷田三郎くん、乱歩の小説にありがちなんだけど、「この世の娯楽を全て経験したけれど、どれにも満足できずに、まだ手を出していなかった犯罪に手を出して、世の中が退屈じゃなくなった」というキャラクター。
そういうキャラクターって立ち位置的に「異常さ」を際立たせないといけないから、文章の中で「病的」とか「犯罪嗜好癖」とか何回も言われていて、ちょっとかわいそう。
別の言い方をすれば、この『屋根裏の散歩者』という作品のためだけに生まれた純粋な犯罪者キャラとも言える。
例えば、彼の犯罪嗜好癖の様子はこんな調子。
上記の内容、後の文章で「犯罪のまねごと」って書いてあるんだけど、明らかに、完全にド犯罪なんですよ。
郷田くん、働きもせず毎日25歳でこんなことしてるんですよ…かわいそうでしょう!?
そんな彼が犯罪に走る理由もかわいそうだから、紹介させて欲しい。
この「虫が好かぬ」理由、女性とののろけ話をされたから、という理由なんですよ。郷田くん……!虚しくないのか……!!(けれど初めの方で女遊びに興味ないという文が出てくるので、ちょっと矛盾を感じる部分でもある。)
乱歩先生、郷田くんに厳しすぎやしないか?そこそこコミュ力もあって、働かなくても暮らしていける財力もあるのに、なんともかわいそうだ。私は彼に同情してしまう。
物語の最後で、郷田くんは知り合いである明智小五郎に、犯罪の内容をすっかり全て見抜かれてしまいます。ここでもにやにや笑いながら、犯罪者を追い詰める明智先生が堪能できます。
郷田くんはこてんぱんにしてやられて、最後まできっちりかわいそうです。合掌。
『人間椅子』
割と有名なので筋をご存知の方も多いと思うのですが、簡単に書くと「肘掛け椅子の中に入り込んで、座った女性の感覚を楽しみながら女性に恋をする男性の話」です。
え?どういうこと?と思われましたか?
そうですよね。
私も初めて知った時は正直「気持ち悪いなあ」と思いました。読んでからはさらに「やっぱり気持ち悪かったなあ!想像以上だ!」「恋とか言うな!!!」と思いました。
人間椅子に扮する男が、ある女性作家へ手紙を書くんですけど、その冒頭から、まあ、すごい。
このたった2行だけで「丁寧な言葉で断りを入れておけさえすれば、自分の要望を聞いて貰えるだろう」という相手の都合を全く考えない、ヤバめな思考回路を持った下心見え見えの異常な人物ということを表現しているんですよ……。
たった2行だけで!!!!!!
さて、ここからどんどん彼の気持ち悪さが加速していくのですが、江戸川乱歩先生のその筆力にどうか感嘆して頂きたい。そして物語としては、どんでん返しのある、ミステリーとしても成立させているのがすごい。
かなりページ数が少ない作品なので、読みやすさはピカイチ!
しかも本編の殆どは手紙という体裁で、だからこそ、演出できるミスリード、ほぼワンシチュエーションでもあって、題材はともかく、いろんな要素が入っている、仕掛けとしてはかなり面白い作品です。
この作品、結構ホラー要素も強いと思うんだけど「官能的」と評されることがあって、その度に「う〜〜〜〜〜〜〜ん」となってしまう。
寧ろ手紙の男性が女性を「官能的」に表現しているからこそ「ホラーなんじゃん?!」って思うんだけどなあ。
余談ですが、乱歩先生がこの作品を執筆するために、当時編集者だった横溝正史と実際に肘掛け椅子をお店に見に行った、というエピソードが非常に好きです。
『鏡地獄』
この話も、世の中と上手く馴染めない道楽息子が、自分の趣味嗜好のために事件を起こすという内容です。
鏡に魅せられた青年が、自分でつくった鏡張りの球体に閉じ込められて狂ってしまう、というストーリー。
改めて、粗筋を書いてみるとなんだかとんでもない感じがする!笑
鏡に魅せられた青年が魅力に取り憑かれて、徐々に病的になっていく過程はいろんなエピソードがあって結構好きなんですけど、最後の鏡張りの球体の中身っていうのはネットで探すと、再現したり、CGで動画を作っている方が結構いらっしゃるので、思わず見たくなります。
この、普通じゃないものにどうしても惹かれてしまう、っていう人間の描写、江戸川乱歩自身が結構ノリノリで書いているような気もして、その筆が乗っている様子を行間から想像するのが楽しいです。
『芋虫』
とても悲しい話だと思う。
私はこの作品を、グロテスクだとか反戦小説とか怪奇物だとかそんな風に一言で言い表すのはとても雑な気がするので腑に落ちない。
この短編は「罪悪感」の話だと思っていて、傷痍軍人として傷ついて帰ってきた夫に対して、同情と支配欲の間で揺れ動く妻、時子の物語だと思っている。
戦争へ行く前はきっとこの夫婦は仲が良かったんだろうと思う。そうじゃなければ、変わり果てた姿になった夫を彼女はとっくに見放していたんじゃないだろうか。
以前のように生活できなくなってしまった夫には、金鵄勲章が贈られ、周りからは失ったものの大きさに目を瞑って「名誉」「名誉」と騒ぎ立てられる。
不自由になってしまった夫を甲斐甲斐しく世話する彼女は世間から美しく見えただろうし、彼女自身もそんな自分を誇りに思っていただろう。
けれど、時間とともに戦争の功労者たちへの感謝の情も薄らいでいく。
そんな世の中に変わってからの彼らの生活は、どうやって自尊心を保っていけばよかったのだろう。価値観も利便さも、娯楽も、令和より圧倒的に少なかった時代に、彼ら夫婦が人間らしい欲望と、残虐性に走ってしまったのは、ごく、自然なことのように思えて仕方がない。
この物語は時子からの視点で、夫の心境は明確に描かれない。だからこそ、ラストシーンは想像し得なかった夫の寛容さに時子が罪悪感に押しつぶされて、堕ちていくように私には見えた。
題材が暗いので気軽な気持ちで読むには向かないけれど、この作品で描かれている人間の残酷さは本物なので、私はとても好きです。
ちなみに前半の冒頭で書いた、「乱歩は止めた方がいいよ」と言ってきた相手は両親です。その時の私は高校生で今思えば、中高生に読もうか迷っていると聞かれたら、私も一旦は止めるだろうなと思っています。読んじゃったけど。
乱歩先生に出会わなければ、私は読書を趣味にしていなかったと思うし、いまでは小説を常に鞄に入れておくほど人生に欠かせないものになりました。多分、不治の病なんですね。日常をいつもより楽しくするにはとても効果的な趣味です。
用法容量を守って愉しい読書体験をしていければいいのですが、寝不足や金欠が読書というクスリよる副作用だと思い始めたら、もう、後戻りはできません。最後に乱歩先生の座右の銘をご紹介します。
人生を狂わせてくれた乱歩先生に改めて感謝!