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江戸川乱歩が大好きだ(前半)

私の人生はこんな筈じゃなかった。
あの時、ちゃんと「江戸川乱歩は止めておいたほうがいいよ」という忠告を聞いていればーーー


江戸川乱歩という小説家に出会ってから、私の人生はあっという間に小説沼へと転げ落ちていきました 。
足元を動かせば動かすほど、ズブズブと沈んでいく一生這い上がれない沼なのですが、ここは随分と心地がいいです。

すっかりパブロフの犬の如く、小説という媒体に触れるだけで胸が高鳴り、まだ自分が見たことの無い世界をこれから覗き見ることができると思うと、眠る時間さえ惜しくなります。

ポケットに文庫本を忍ばせておけば、いつでもフィクションの世界へトリップできるという安心感と高揚感で胸が満たされ、本を開くだけで頭の中は現実では目にすることのできない光景が広がるようになりました。
種類によっては、止めておけばよかった……と後悔するものもあるのに、止めよう、止めようと思ってもつい、手が出てしまうんですね。

もはや合法なクスリでしかないです。
世の中にそんなものがあるなんて、最高ですね!


そんな魅力的な小説中毒の世界へのめりこんだきっかけとなったのが、新潮文庫から出ている「江戸川乱歩傑作選」です。
言わずと知れた粒揃いの素敵な一冊で、今更私が書くまでもないのですが、自己満足で紹介させてください。(すっかり前置きが長くなりました。)


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今回の記事内に書いてあるページ数と行数はこちらの表紙の物です。


『二銭銅貨』

乱歩のデビュー作にして超本格推理小説。
暗号文への乱歩の知識欲とフェチが垣間見えて、それがなんかいい。推理小説への愛を感じます。

この作品は乱歩の処女作なのですが、その後の乱歩作品にもある、

全てを語らずに想像の余地を残す
最後にどんでん返し

っていうのはこの頃からあったのか!と改めて感動した。

この文章を書くために久しぶりに読み返したのですが、安心感がすごい。
まるで「ここが自分の居場所だったのか」と思うほど目で追う文章の心地良さが異常だった 。ミステリーなのに気が抜ける。乱歩の文章はどこまで行っても品があって良い(感じ方には個人差があります。)

乱歩の作品は著作権が切れているので、青空文庫でも読めますよ。


『二癈人』

まともや大どんでん返し!
察しの良い方ならオチが想像できるかもしれないけど、変えられない過去に対する嫌な感情を反芻させるような終わり方が余韻があって好きです。

癈人という言葉は主人公たちが自嘲的に遣っている雰囲気があって「傷痍軍人(戦争で傷病になった軍人のこと)と夢遊病者(睡眠の途中で記憶の残らない行動をしてしまう人)というのが正常じゃないよな、おれたち」みたいな感じかと思っていたけど斎藤氏はもっと重たい意味で言ってたのかもね。

なんか昭和初期くらいまでの作品って病人とか障害者を必要以上に下げて表現する傾向がある気がするんだけど、時代的なものなんだろうな。

『D坂の殺人事件』

日本を代表する名探偵、明智小五郎先生のデビュー作!!!

デビュー作の明智先生は、木綿の着物をきて兵児帯をしているゆる〜い服装なのですごく珍しいです。その後に出てくる作品では大抵洋装で紳士のようなピチッとした格好をしているんです。
とは言え、冷静さとはきはきした話し方と観察力は初めから備わっているんですね。

あと読み返していて気づいたけど「小林」っていう名前のキャラはもう既にいたんだね。芳雄じゃないけどね。

乱歩の文章って、地の文でメタ的に読者に話しかけてくることがあるんだけど、この作品だと

読者諸君、それがなかなかそうではなかったのだ。(71ページ、5行目)

読者諸君、事件はなかなかに面白くなってきた。(84ページ、3行目)

読者諸君、諸君はこの話を読んで、(87ページ、12行目)

って感じで、め〜〜〜~~~~っっっちゃ話しかけてきてくれるんですよ!!!!!最早私にとってはファンサです。ありがたい。

あと明智先生のデビュー作、谷崎潤一郎の作品が存在してる世界線なのがいい。他の推理小説もたくさん出てきて、江戸川乱歩の好きな物で溢れている感じが良い。乱歩先生が楽しいと私も楽しい。(?)


余談なんですが、このD坂のモデルになった千駄木駅近くの団子坂には「コーヒー乱歩゜」という名前の喫茶店があります。聖地巡礼する際にはここに行きたいし、私は何度も行っている。

『心理試験』

後半はほぼ明智小五郎の独壇場!
こんな風に犯人を追い詰める場面を見せられたら人気が出るのも頷けます。追い詰め方がなかなかにサディスティックで、明智がにやにや笑いを堪え切れず、生まれ持ったもじゃもじゃ頭を掻いている様が目に浮かびます。

この作品も本格的なミステリー物で、乱歩の後期に描かれる怪奇物の空気は一切感じませんね。この時期の乱歩は純粋に推理物作家としての地位を確立していったような空気感がある。

服装についての描写がないんだけど、この作品に出てきた明智は『D坂~』の時の書生の雰囲気は無くなったとあるし、弁護士のフリをして出てくる場面があるから、着流しに兵児帯ではなく、もしかしたらすっかり洋装なのかもしれない。

メタ的な描写と言えば『D坂~』での(私にとっての)ファンサが記憶に新しいですが、

さて読者諸君、探偵小説というものの性質に通暁せられる諸君は、お話は決してこれきりで終わらぬことを百も御承知であろう。(127ページ、1行目)

と、今回も抜かりなく話しかけてきてくれる。嬉しいね!

『赤い部屋』

書き出しがいい。

異常な興奮を求めて集まった、七人のしかつめらしい男が……私もその中の一人だった……わざわざそのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色のビロードで張った深い肘掛椅子にもたれこんで、今晩の話し手が、何事か怪異な物語を話し出すのを、今か今かと待ち構えていた。(158ページ、1行目)

こんな文章で始まったら、どんな奇妙な話が始まるのか期待値がぐんぐん上がってしまう。
文章から想像するに難くない通り、猟奇趣味の秘密倶楽部の集まりみたいな話です。

その内容は殺人の告白なのですが、人への厚意を利用した殺害方法なんです。
親切そうな言葉を掛けておきながら、実は相手を死に追い詰める方法で、法では裁けない殺人を大量にしてきた殺人鬼が自分の経験談を話していくストーリーです。

この殺人を告白するT氏、殺人に対する動機がめちゃくちゃ軽率。例えばこんなノリだったりする。

私にはかえってそういう仲のいい友達などを、なんにも言わないで、ニコニコしながら、アッという間に死骸にしてみたいという異常な望みがあったのです。(177ページ、8行目)

二度見した。

ジャンルが違ったらめちゃくちゃに重たいヤンデレ描写なんだけど、単純に殺人をしてみたいだけの人の描写なんですよ。純粋さがこわい。


そもそも殺人をしたいと思った動機が「毎日が退屈だから」という理由で、過去に辛い経験をしたとかじゃない。頭のてっぺんから足の先まできっちりサイコパスでキャラクターとしての思い切りがとてもいい。
乱歩の小説には世の中が退屈という理由で事件を起こす人が出てきがちなんだけど、このT氏が始まりだったのかもしれないな。


乱歩の作品、犯人側の視点から描かれる作品も多いんだけど、サイコパスさを見せつつ自分が異常だという自覚があるので、読者を置いてけぼりにしないところに筆力を感じるんですよね。

乱歩の後期の方は本格推理小説と言うよりも、大衆的というか通俗的な雰囲気の作品が多いなと思うんだけど(『吸血鬼』とか『黒蜥蜴』とか)初期の頃から、読者と一緒に物語を伴走してくれているような感じがあって、それが後期に描かれる大衆的な作品に繋がっていくところがある気がする。

独断と偏愛盛りだくさんな感想なのは許してください。



長くなったので、後半に続く!

後半はこちら

#人生を変えた一冊 #江戸川乱歩 #読書


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