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空から落ちてくるおじさん

2020年3月に30歳となり、人生も5分の1くらいを過ぎたことを記念して以前からやりたかったスカイダイビングを体験してきた。
元々は30歳になる誕生日当日に一人で飛ぶ予定だったが、コロナの影響もあり延期をしていたが先日やっと飛ぶことが出来た。

空に落ちる値段

以前からバンジージャンプなど飛ぶ系の体験をしてみたかった。ジェットコースターのような絶叫系の乗り物はあまり興味はないが、なぜか落ちたいとずっと考えていた。
そんなとき、職場のある人の自己紹介に趣味「スカイダイビング」と書いている人がおり、おすすめのスカイダイビング体験が出来る場所まで丁寧にURLが記載されている。これは丁度良い、趣味にするくらいの人が行くのだから信頼性も高いと思い、URLをクリックした。場所は関東圏、実施は午前と午後で数コマずつ設けられており自分の飛びたい時間のコマを予約する、日程だけ決めてしまえば体験できそうなイメージができた。
そして肝心の料金は――


               32,000円~


覚悟はしてたが、なかなかのお値段だ。しかも「~」とはなんだ。青天井なのか?先日連れて行ってもらったお寿司屋さんでの食事代と遜色ない。お寿司屋さんでは生命をいただく行為にその金額を支払ったが、今度は自身の生命を死に近づけることにお金を払うことになるとは。同じ人間の行動とは思えない。他にも過去に自分がお金を支払い体験してきたことを引き合いに出して考えてみたが、未だかつて自身をここまで危険にさらすことにお金を支払ったことはない。
しかし、逆に考えれば周りに話すことができる話のネタになる体験が3万円ほどで買えるのであれば安いものではないのか?とも思った。よくよく考えれば日常生活を送っていても死ぬ確率は0%ではないわけだし、仮に1%が20%に上がるくらいだったら大差ない。幸か不幸か嫁も子供もいない、ましてや彼女もいない私にブレーキをかけるものはもう無い。タイミングよく一緒に飛んでくれると言ってくれた友人もいる。高橋名人並みのクリックの速さで申し込み手続きを進めていた。


淡々と進む

2020年9月某日、出来る限りの感染対策を講じたうえでスカイダイビングを体験するために電車で移動していた。連日の雨とはうってかわって気持ちの良い晴天だった。天高く馬肥ゆる秋とはよく言ったもので空が高い。目的地に向かう道中、早朝だというのに様々な人が乗車してくる。
-登山に向かうような恰好をしたご年配の方
-部活に向かうであろうジャージ姿の学生たち
-スーツを着て大きなカバンを肩から下げたお兄さん
いろいろな人が乗車してきたが、今この中でスカイダイビングをやりに行こうとしているのは我々だけだろうと思うと不思議な優越感に浸れた。

1時間半ほど電車に揺られ目的地の駅に到着した。駅には迎えの車が来る予定だった。迎えの車が到着するまで少し余裕があったので、万全を期すため駅のトイレに寄っておくことにした。これから上空4000mに向かおうとしているのだ、当然の準備だ。もちろん上空4000mに仮設トイレがあるはずもない。もしものときは漏らすしかないのだ。嫌だ。「天空のおもらし」なんてドラクエのタイトルみたいな状況になりたくない。
ほどなくして迎えの車が到着した。車に詳しくはないのでよくわからないが、いわゆるハイエースのようなバンだった。車からは少し日焼けをしたおじさんが降りてきて気さくに挨拶を交わした。乗車すると座席後部にはおそらくスカイダイビングで使用するであろう機材?が積まれていた。それらを見て、これから本当にスカイダイビングをしに行くんだという実感がぐっと湧いてきた。
目的地までの道中、一緒に飛ぶ友人がスマホでスカイダイビングについて調べていた。日本で発生したスカイダイビングの死亡事故について話してくれる。やめてくれ、これを生業としているおじさんが目の前にいるんだ。そして何よりこれから初めて飛ぼうとしている僕がいるんだ。僕と同じで初めてのスカイダイビングなのにどうしてそんな記事を調べられるんだ。墜落現場の地面に1m四方、深さ約30cmの穴が開いたなんて聞きたくない。
予想外に友人から不安を煽られたが今日ビジネスとして成立しているということは大丈夫なはずだ、そのような事故が起きる確率も日常で交通事故に遭う確率と何ら変わらないはずだ、と何とか自分を説得した。

20分ほどすると目的地へと到着した。駐車場には予想外に車が多く止まっていた。インストラクターたちの車もあるだろうが、それにしても多い。時刻はまだ朝8時過ぎたばかりだというのにみんな一体何を考えているんだ。自分たち以外にもクレイジーな体験をしてみようする人たちは思いのほか存在していた。
受付に向かうと保険や注意事項に目を通し、署名をして支払いを済ませるよう案内された。保険内容に目を通していると「死亡時~千万円」など事故が起きた場合の支払いに関してしっかりと記載がされており、また不安を煽られたが散々友人に煽られたおかげでもはや何も感じなくなっていた。署名をして支払いを済ませ待機していると、講習ビデオを見るから集まってくれと言われた。
テレビの前に集まり講習ビデオを見る。なるほど、飛んだ瞬間は胸付近でリュックを背負う時のように手を配置して脚は閉じる、そして姿勢はエビぞりのような形にする。そしてインストラクターから2回タップされたら顔を上げたり手を広げてよい合図だということか。
思いのほか覚えることがあり、空に行ってしまったら絶対緊張で忘れるだろうと思った。その後、姿勢の練習を長椅子に腹這いの姿勢で乗って数分レクチャーを受け、ジャンプスーツに着替えるよう案内された。ジャンプスーツと言われると聞こえは良いが要するにつなぎだ。テツandトモの正装である。
着替えを終えると即座に名前が呼ばれた。向かうと間もなく飛ぶので飛行機のある場所へ向かう車へ乗ってくださいとのことだった。早い。到着してから考える暇や心の準備などする暇もなく淡々と物事が進んでいく。車に案内され、先ほどから視界の片隅に見えていた数百メートルほど離れた場所にある飛行機まで輸送されていくのだった。


空へ

飛行機の近くまで車で運ばれると、すでに飛行機のプロペラが回っていた。プロペラを至近距離で見ることも滅多にない経験だ。飛行機の乗り口には簡易的な梯子が立てかけられているだけだったので、やや不安定な足場をしっかりと確認しながら搭乗した。機内にはパイロットの他にインストラクターや個人ダイバーが既に乗っていた。搭乗といっても普通の旅客機のようにご丁寧に座席などなく、皆一様に床に体操座りをして足と足の間にさらに人が挟まり体操座りをして連結というような状況だった。

10人ほど乗ったところで飛行機は滑走路を走り抜け空へと飛び立った。窓から外を眺めているとどんどん上昇していくのがわかる。ふと一緒に乗った友人はどうだろうと思い反対側に目を向けると、驚くべき光景を目にした。
乗り口が全開のまま上昇しているではないか。窓を通すより鮮明に外の風景が見られ良い眺めだったが、ちょっとでも機体が揺れて手を離したら人がポロリしてしまうと思うくらい全開だった。ある程度上昇したところでインストラクターがいつも通りといった感じで搭乗口を閉めた。あらゆることが非日常過ぎて理解がまるで追い付かなかった。
離陸から20分程度で目的の高度まで達するとのことだったので、しばらくは窓の外から景色を眺めていた。途中、タンデムするインストラクターのポールが腕に装着したGoProで私の様子を撮影してくる。ポールは陽気にGoProを指差し、サムズアップをするよう促してくる。僕もそれに応えるように渾身のひきつった笑顔でサムズアップをする。
そんなことをしているとあっという間に目的となる高度に到達した。


空に人が落ちる

飛行機の搭乗口が開かれ、一層冷たい空気が機内に入ってくる。搭乗口付近に座っていた個人ダイバーから飛ぶようだ。1人、2人と1人ずつ順番に家の玄関から出るかのように飛び立っていった。いや、正確には落ちていった。
その異常な光景は目の前で流れ作業のように量産されていく。人は飛行機から落ちると飛行機が推進する力も相まって斜め下に落ちていくように見える。またどうでもいい知識が増えた。驚いている内に友人が飛ぶ順番になった。最後になるかもしれないと思い声をかけたが、僕の声は風にかき消され友人に届くことはなかった。そしてあっという間に飛び立っていった。
友人が落ちたことに呆然としていると、ポールがずりずりと搭乗口に向かって僕を押し出していく。遂に来た。搭乗口から脚を空に放り出した状態でポールは僕に問いかける。
「Are you ready?」
なんだそのYesと答える以外に選択肢のない質問は、と思いながら震えた声で全力で答える。
「YEAH!!!」

その後、即座に落ちた。

パラシュートが開かれる前のフリーフォールでは落下速度は時速200kmに達するらしい。そのためものすごい風圧が顔を叩いてくる。さらに気圧のせいか耳がキーンとなって痛い。目の前にはGoogle Earthのような光景が広がっている。遠すぎて落ちているという認識にはならなかったが、間違いなく死に向かっていることだけは感じられた。
飛び出して2~3秒後、ポールから肩をタップされる。顔を上げて手を広げていい合図だ。ようやく落ち着き改めて地面に視線を向けたり遠くに少しだけ見えている富士山や雲を眺めた。晴れていたので突き抜けるような青空が目の前に広がっている。そして僕は今その青空を突き抜けている。
ポールがGoProを指差しサムズアップを促す。普段感情が死んでいると言われがちな僕からは想像できないような満面の笑みでサムズアップをする。なんならサムズアップからのダブルピースをきめる。強風で腕がブレる中、渾身の力を込めてダブルピースをキープだ。
1分ほどフリーフォールをしたところでパラシュートが開かれた。反動で身体がハーネスにグッと引っ張られる。思っていたよりも強い力ではなく、人に襟元を捕まられ引っ張られる程度の力だ。ゆったりと風を感じながら空を泳ぐ。下を見ると今まで漠然としていた灰色や緑色が街や草木であることがわかり、ここで初めて自分は落ちていると認識した。
景色を楽しみながら地上へ向かっていると、時折ポールがパラシュートをコントロールして捻るように急降下をする。もう恐怖を感じることなくゆったりと地上に向かっていると思い油断していたが、思いの外これが怖い。まるでジェットコースターが頂上から落ちる瞬間のような内臓が浮き上がるような感覚が体を襲う。

そうこうしている内に徐々に地面が近づいてくる。地面が近づいてくると流れていく景色の速さから自分が想像以上の速度で動いていることがわかる。ポールからの合図で脚を揃えて上げて着地姿勢をとった。


大地へ

滑り台から滑るような形で着地した。あっという間の地上への帰還だ。空中にいた時間はおそらく10分にも満たないが、着地直後はまだ浮いているかのような感覚と大地が自分を押し返している感覚の両方を感じられ不思議な気持ちだった。
ハーネスの連結が外されると、まだ動いてはいけないとポールから指示された。ポールがパラシュートの回収をテキパキとこなしていると空から次々に他の人たちが降りてくる。そうか、むやみに動いては激突してしまうのか。全員が降りてきた後、次の枠で飛ぶため地上で待っていた友人のもとへ駆け寄った。普段なら絶対にしないノリだが安堵からか思わず熱い抱擁を交わしてしまった。二日酔いの友人も抱擁で応えてくれる。
着替えをしていると、一緒に飛んだポールがスカイダイビングをした証明書と撮影してくれていた映像データをくれた。確認するとやはりものすごい風圧だったようで、顔の肉がたわんで映っていた。痩せようと決心した。


思い切りだよ人生は

自宅への帰路で反芻して思い出したのは飛行機から落ちた瞬間のことだった。最初の5秒は確実に死んだと思った。しかし上空から眺める風景や人が目の前で落ちていくといった非日常的光景はまた味わってみたく、機会があれば再度飛びたいと思う。この文章を読んだ友人が私のことを誘ってくれる日を心待ちにしよう。
数年前から憧れていたスカイダイビングをやってみたが、当初想定していた通り人生観の変わる経験ではなくただただ楽しい経験だった。飛行機から落ちた時のような思い切りが普段の自分の行動に少しでもいいから欲しいと、切に願う。

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