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書くことは、走ることと似ている

先日まで、真夏のリレーnoteに参加させていただいた。

また、現在66日ライティングランニングという共同マガジンに参加して、66日毎日更新に挑戦している。


いずれにも共通しているのは、「書く」という行為に対して、「走る」という比喩が使われていることである。

自分が今書いている小説もRunnersというタイトルにして、66日ライティング×ランニングのゴールに向かって走るというメタファーにしている。

そんなわけで、毎日書いているのは、毎日ランニングをしているという感覚に近い。

「書く」と「走る」には次のような共通点があると思う。

・どちらも一人でやる。
・スタートとゴールがある。
・繰り返し負荷をかけることで、感覚が身についていく。

「書く」行為は根本的には一人である行為だと思う。共同執筆もありうるとは思うが、基本的には誰か一人が書いたものに他の執筆者が修正をしていくというスタイルのはずだ。「書く」という行為が「究極的には一人」ということに変わりはない。

ランニングが他のスポーツと違う特徴の一つは、スタート地点とゴール地点があることだと思う。「書く」ことも書き出しと終わりがある。

つまり、基本的には、スタートからゴールまで、一人で進行していく。基本的には自分のペースというものがある。書いている間は自分と対話をしている。走っているときも、基本的には対話相手は自分しかいない。

また、繰り返しているうちに、それ用の筋肉ができていくような気がする。ランナーの人の筋肉は、習慣化して続けることによって、その行為に合った筋肉に仕上がっていくらしい。
感覚を身に着けるためには、ある程度負荷をかけるというのが必要になってくる。
毎日書くというのは、負荷をかけるという意味ではちょうどいいのかもしれない。



作家の村上春樹も、マラソンが趣味のようだ。

※Amazonのアソシエイトとして適格販売により収入を得ています。


村上春樹の小説はあまり読んでいないけど、この随想は、面白かった。
印象としては、すごくフィジカルに小説を書いているということ。自分が年を取るにつれて、長編小説を書くエネルギーみたいなのが枯渇することを防ぐために、走って鍛えているらしい。体力がないと小説は書けない。

ちなみに、小説を始めたきっかけの話も書いてあった。1978年4月1日午後1時半前後に神宮球場でデイブ・ヒルトンがツーベースを放った時のエピソードは、この本を読む前に、偉い人から聞かされたことがあった。

その時は、「よくわかんないですね」と偉い人に正直に言ってしまって、怒られないのか焦ったことがあったが、怒られずに済んで打ち解けられたことに安心したことを覚えている。

このエピソードの話もこの本に載っていた。

小説を書くという行為はとてもフィジカルな行為であるらしい。確かに、小説を書くというのはめちゃくちゃ疲れる。
小説家にとって、大事なものはまずは「才能」らしいだが、その次に来るのは「集中力」と「持続力」らしい。「才能」はある意味どうしようもないけど、後者の2つは、トレーニングによって後天的に身につけることができるそうだ。

文章を用いて物語を立ち上げようとするとき、人間存在の根本にある毒素のようなものが否応なく表に表出される。小説を書くことは根本的には不健康な作業。長く小説家を続けていくためには、体内の毒素に対抗できる自前の免疫システムを作らなければならないということだそうだ。

「毒素」という表現は、今回、小説というものを初めて書いてみてめちゃくちゃ共感した。ストーリーを作る難しさもあるけれども、自分の毒素みたいなものと向き合わなければならなかったので、それが非常にきつかった。

特にこの回。


村上春樹さんの場合は、それに対するアンサーが基礎体力としてのランニングなのかもしれない。書くことはある意味で肉体労働である。


もう一つ気が付いたこと。

それは、書くことは根本的には一人かもしれないが、「実は一人ではない」ということだった。
このことに気が付いたとき、書き手は、本当に勇気づけられると思う。
走るときも、隣で一緒に走ってくれる人や沿道で応援してくれる人がいるとランナーは勇気づけられる。これも「書くこと」と「走ること」の共通点かもしれない。

これは、真夏のリレーnoteのプレッシャーがかかったときに特にそれを感じた。今回の真夏のリレーnoteや66日ライランからは、「書くことは一人でやるしかないが、『実は一人ではない』ということに気が付いたときに勇気づけられるよ」ということを学んだ気がする。

最後に、さらにもう一つ気が付いたこと。

「走ること」は前に進むということだ。

走ることによって私たちは前に進むことができる。一歩一歩かもしれないが確実に自分の力で自分を前に進めることができる。
そうだとしたら、「書くこと」も少しずつかもしれないが、自分の力で自分を前に進めることということができないだろうか。

「書くこと」も実は自分の力で自分を前に進めるということ。そしてそれは「一人ではない」。

そう思って、とりあえず8月31日までは頑張って毎日更新してみようかなと思います。今日はそんな感じです。

ということで、少しずつ確実に前に進みながら「今日一日を最高の一日に


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