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「山の日」は8月11日 私達の身近にいる山の神様

8月11日は「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」を趣旨として制定された国民の祝日、「山の日」です。

山の日は2016年(平成28年)に施行された比較的新しい祝日。
この「山の日」の新設により、今まで祝日のなかった8月に祝日ができ、祝日がない月は6月と12月だけになりました。

山が身近にある日本では、国土の7割ほどが山地と丘陵地であり、さらに国土のおよそ3分の2は森林に占められています。
いかに私たちの身近に山や緑が存在するかがうかがえますよね🏔


「富士信仰」 富士山に憧れた江戸っ子たち

「日本の山」といえば、やはり一番に思い浮かぶのは日本一の霊峰・富士山ではないでしょうか。

関東一円で目にすることができる富士山。
その姿を目にするだけで、その大きさ、荘厳さに圧倒されます。

古来から人々の崇敬を集めてきた富士山に登ることで、ご利益をいただきたいと考える人が増えるのは当然のこと。
室町時代以降は庶民の間でも富士山の登拝が盛んになって行きました。

当社の境内には富士山の溶岩を用いて、富士山を模して作られた富士塚「下谷坂本富士」があります。

現代のように交通機関が発達していない江戸時代。
富士山から遠く離れた東京まで、溶岩を持ってくるのはもちろん大変なことでした。

富士山に誰もが行けるわけではなかった時代、その霊験あらたかな姿を伝え、遥か遠くの富士山を拝むための遥拝所ようはいじょとして築山されたのがこの「下谷坂本富士」です。

天明2年(1782)に築かれた当山は、直径は約15m、高さ約6mの言うならば「ミニチュアの富士山」

 文政の時代(1828)に大修復された下谷坂本富士は、今も当時の姿を残しており、国の重要有形民俗文化財にも指定されています。

山道には一合目から順に十合目まで記されており、南無妙法と書かれた石碑や修験道の開祖である役小角えんのおづぬの尊像も残り、神仏習合の名残が見て取ることができます。

このような富士塚は、主に江戸時代に作られた大小さまざまなものが東京都内に200以上はあるといわれています。

いかに江戸っ子たちに富士山が愛されていたのかが分かりますよね…😊


当社の山岳信仰のお社「御嶽神社」「三峯神社」


また、当社境内には富士塚をご神体とする浅間神社だけではなく、御嶽おんたけ神社と三峯みつみね神社のふたつの山岳信仰のお社があります。

御嶽神社は、江戸時代に山岳信仰が流行した際に当地の御嶽信仰者によって木曽の御嶽神社から御分霊を賜って創建されたと伝わっており、そこに江戸末期に琴平神社が、大正9年には三峯神社が合祀されました。

こうした江戸中期頃から広まった山岳信仰は、関東一円に信仰を広げていきました。
近年まで御嶽神社は大神講社が、三峯神社は入谷講社によって祭典が執行されていました。

時代は経ても、江戸時代からの山の信仰を今に伝えているのです…😊


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