【シナリオ】あの世ワーク 5
○あの世センター・休憩室
休憩室には厚子と受付がいる。
担当、部屋に入って来る。
担当「ああ、仕事したくないなあ」
受付、担当を冷めた目で見る。
受付「あなたはイヨさんのおかげで、楽をしているのでは?」
担当、厚子の近くにやって来る。
担当「私、あの人、取っつきにくくて苦手なんです」
厚子「担当さんはいつもヘラヘラしてますもんね」
担当「嫌な言い方しますね……。それはそうと、どうでした? 一人でのお仕事は」
厚子「私、さっきの人には、お孫さんに見えたらしいです。そんなこともあるんですね」
担当「あはは。ありますねえ、それ。赤ちゃん言葉で話しかけられたときとか、こっちも思わず赤ちゃん言葉で返事しそうになりません?」
厚子「いや、それはないですけど」
受付、小さく吹き出す。
厚子「おっ、受付さんにウケたみたいですよ」
担当「私、あの人が笑うの、初めて見ましたよ。イヨさんって凄いですね」
厚子「いやいや、今のは担当さんが笑われたんですよ。ねえ?」
厚子、受付に話を振る。
受付「お二人は息が合っているな、と思いまして」
厚子、担当に向き直る。
厚子「ですって。私たち、コンビでも組みます?」
担当「勘弁してくださいよ」
厚子、受付に話しかける。
厚子「振られちゃいました」
受付「あの、さっきから何でイヨさんが間に入ってるんですか?」
厚子「お二人に仲良くしてもらおうかと」
担当「余計なことしなくていいですよ」
受付「別に仲が悪いわけではありませんよ」
厚子「私にはお二人が年齢の近い男女に見えているんで、つい」
担当、ひらめいた顔をする。
担当「あっ、イヨさんって『お見合いおばさん』ってやつですね!」
厚子、担当を睨み付ける。
厚子「今、何て言いました?」
受付、吹き出す。
○猫の庭(夢)
厚子「猫さん? どこにいるんですか?」
黒猫、ひょっこりと現れる。
黒猫「呼んだ?」
厚子「あなたのやり方は強引すぎます」
黒猫「見つかった?」
厚子、ため息をつく。
厚子「分かりません」
黒猫「そう。じゃあねえ……」
厚子「今度はどこですか」
黒猫「どこだろうねえ……、どこだと思う?」
厚子「うーん、ここで探し物をするなら……」
厚子、辺りを見回す。
厚子「木の上、とか?」
厚子、木を指し示す。
黒猫「そんなところにあるかねえ」
厚子「猫さんなら登れるのでは?」
黒猫「私は登らないなあ」
厚子「そうなんですか。じゃあ……」
黒猫、尻尾をパタパタと振る。
黒猫「いや、もしかするかもしれないぞ」
厚子「でも猫さんが普段行く場所ではないんでしょ?」
黒猫「念のため、迷子さんが登って見てきてよ」
厚子、嫌そうな顔をする。
厚子「この年で木登りなんて、もうできないですよ」
黒猫「ハシゴがあったと思うから、それ使って」
厚子M「人使いの荒い猫だなあ……手伝うとは言ったものの……」
厚子、用具入れにあったハシゴを木に立てかける。
黒猫「気をつけてね」
厚子「それ、フリじゃないですよね? やめてくださいよ、危ないことするのは」
厚子、ゆっくりとハシゴを登る。
やがて太い木の枝に乗り移る。
周りの枝を観察するも、何も見当たらない。
下にいる黒猫に声をかける。
厚子「何もないですよぉ」
黒猫、ハシゴに飛びかかり、倒す。
厚子「ウッソでしょ!?」
厚子、倒れたハシゴを呆然と見下ろす。
厚子「何してくれてるんですか! これどうやって降りればいいの!?」
黒猫「大丈夫、大丈夫。そこからピョンと飛べばいい」
厚子「そんな簡単に言わないでくださいよ。私は猫じゃないんだから」
黒猫「それ、頑張れ、頑張れ」
厚子、下を見て息をのむ。
厚子「ううっ、怖いけど……ええいっ!」
厚子、木の枝から飛び降りる。
○厚子の部屋(夜)(夢)
厚子(24)、カバンを乱暴にソファに投げる。
厚子「つっかれた……」
厚子、スマホを持ってソファに座り、電話をかける。
清春の声「あっちゃん? どうしたの、今お仕事終わったの?」
厚子「ハル、聞いてよ!」
清春の声「職場で嫌なことでもあった?」
厚子「そうなの!」
○会社・オフィス(回想)
三浦(59)、周辺の人物と世間話をしている。
三浦「先週、娘が子供産んでさ。ついに俺もおじいちゃんだよ」
三浦、時計を見る。
三浦「おっと、もうこんな時間だ」
三浦、背後にいる厚子に声をかける。
三浦「厚子ちゃん、応接室にコーヒー持ってきてね。お客さんの分も」
厚子、振り返る。
厚子「私ですか?」
三浦「だってほら、かわいい女の子がいれてくれたほうが、おいしく飲めるじゃない?」
三浦、厚子に向かってウインクする。
厚子、無表情で給湯室に向かう。
厚子M「女がいれたから何だってのよ。かわいいって言っておけば褒めたつもりになってるのもムカつくーっ! わざとマズくしてやろうかな! ていうか何だあのウインクは!」
厚子、ムッとしていた顔をニヤけさせる。
厚子「ふふっ、うふふっ。ウインクって!」
(回想終わり)
○厚子の部屋(夜)(夢)
厚子、スマホに向かって喋っている。
厚子「……ってことがあったんだけど。これってセクハラだよねえ?」
清春の声「でも僕も、そういうのあるよ」
厚子「そういうのって?」
清春の声「男だから重いもの持って、とか。力仕事は全部僕たち男性陣に回されるんだ」
厚子「なるほど、確かにそういうのもセクハラか! 今ちょっと反省してる……」
清春の声「でもまあ、それくらいなら何も言わずにやるけどね。実際、力は男のほうがあるんだろうし、頼られるのも悪い気はしないし……」
厚子、ニヤリとする。
厚子「へえ、ハルがねぇ。子供の頃は、あーんなに頼りなかったのに」
清春の声「……あっちゃん、いま僕には、誰にも負けないって思うもの、あるんだ」
厚子「ええっ? 何それ初耳。教えてよ」
スマホから、スーハー、と深呼吸する音が聞こえる。
厚子「ハル?」
清春の声「……僕、あっちゃんのことを好きな気持ちは、この世で一番だと思う」
厚子「な、何、恥ずかしいこと言ってんの……」
清春の声「本当だよ」
厚子、赤くなった顔を手で覆う。
厚子「そういうことは、直接、顔を見て言ってよ」
(夢終わり)
○あの世センター・休憩室
担当の声「イヨさん、イヨさーん」
厚子、ガバッと机から顔を上げる。
厚子「うわああっ、何これすごい恥ずかしい!」
担当「へえ、恥ずかしい記憶が蘇ったんですか?」
厚子「……あっ、担当さん、こんにちは」
担当「はい、こんにちは。で、どんな恥ずかしい記憶が?」
厚子、苦々しい顔をする。
厚子「そこは聞かなかったフリしてくださいよ。そういうところじゃないですか? 受付さんに睨まれるの」
担当「ですから、それはもういいですってば」
厚子、担当の顔を見る。
担当「何ですか?」
厚子「いえ……」
厚子M「担当さんの声って……」
厚子、立ち去る担当の後姿を見つめる。
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