【シナリオ】あの世ワーク 4
最初:あの世ワーク 1
前話:あの世ワーク 3
○高校・教室(夕)(夢)
厚子(17)、清春(17)と机を挟んで向かい合わせに座っている。
清春、日誌に記入している。
厚子「早く終わらせてよね。ホントにハルは昔っからトロいんだから」
清春「ごめん、あっちゃん」
厚子、歴史の参考書を読んでいる。
厚子「いち早く作った帝国憲法……」
清春「あっちゃん、ゴロ合わせ好きだよね」
厚子「一番好きなのは、『文くださいね卑弥呼より』かな。すごい素敵じゃない? 面白いよね」
清春「僕、あっちゃんの、何にでも面白さを見つけられるところ、すごくいいなって思う」
厚子「恥ずかしいこと言ってないで、手を動かしなさいよ」
原(44)、教室に入って来る。
原「川村君、終わった?」
厚子「原先生」
清春「も、もうすぐ、終わります……」
原「あなたたちって、いつも一緒ね」
厚子「幼馴染なんです。家が近所で」
原、ニヤリと笑う。
原「二人は付き合ってるの?」
厚子「まさか! ハルは弟みたいなものです」
清春、厚子をチラッと目だけでうかがう。
原「確かに、愛川さんって川村君のお姉ちゃんみたいね。女の子は頼もしいわよね。うちの息子も、今年から中学生なんだけど、すごい甘えん坊で困ってるのよ」
厚子、ムッとした顔をする。
厚子「私が女だからじゃないです、ハルと一緒にいるから。ハルは頼りないから、私がしっかりしないとって」
原「あら、そうなの?」
厚子「それに息子さんだって、油断してると、もうすぐ反抗期が始まるかもしれないですよ」
原「怖いわねえ。バットで家の中めちゃくちゃにしたり?」
厚子、原の言った光景を想像する。
厚子M「それは……怖いかも。バットを家に置いておかなければいいのでは? そして代わりのものを用意する。例えば、布団叩きとか。反抗期の中学生が布団叩きを振り回して暴れる……」
厚子、自分の想像に笑う。
厚子「うふふっ」
清春、怪訝な顔をする。
清春「あっちゃん、いま何で笑ったの? 何か怖いよ……」
(夢終わり)
○あの世センター・休憩室
担当、机に顔を伏せている厚子に声をかける。
担当「イヨさん、休憩終わりですよ」
厚子「ハッ……」
厚子、辺りを見回す。
厚子「また夢か……」
担当「新しく何か思い出したんですか?」
厚子「多分……そうです。原さんは高校の先生でした」
担当「……記憶が戻るの、怖いですか?」
厚子「いえ、このままでいても何も進まないだろうし。それに何より、自分のこと、もっと知りたいなって思うんです。夢の続きを見てみたくなっちゃって」
担当、呆れたように笑う。
担当「イヨさんって、何にでも面白さを見つけられそうですよね」
厚子、担当の言葉に目を見張る。
担当「どうかしました?」
厚子「あっ、いや、何でもないです」
厚子、首をかしげる。
○同・面談室
三浦栄二(65)、部屋に入って来る。
厚子「どうぞ、こちらへ」
三浦、驚いた顔をする。
三浦「ヨウちゃん? そんなところで、何してるの? ママはどうした?」
厚子M「あーっ、私、ちっちゃい子に見えてるのか……やりづらいなぁ……」
厚子「私の姿は、あなたが親しみやすいよう、生前に最も愛情を注いでいた人物の容姿に見えるシステムなんです」
三浦「へえ! そんなことができるのか! 私の目には、あんたは孫のヨウちゃんにしか見えないけどね」
厚子「あなたのお名前と、年齢、ここに来る直前の記憶をお聞かせください」
三浦「三浦栄二といいます。65歳。三年前に脳梗塞で一度倒れて、そのときは日常生活に戻れたんだけどね。結局再発して、そのまま」
厚子「ああ、私の父方の祖父も確かそうでした」
三浦、大きな声で笑う。
三浦「アッハッハ! いや、失礼、ヨウちゃんが流暢に喋ってるもんだから、つい」
厚子「いえ、私も何でもないときに、よく笑っちゃうことあるんで」
三浦「孫が成長する姿を見られなかったのが本当に残念だ。一緒に野球をやるのが夢だったんだけどね」
三浦、厚子の姿を優しい眼差しで見つめる。
三浦「あの子の未来が希望に満ち溢れたものでありますように」
厚子、三浦に微笑んでみせる。
○同・同
厚子、三浦を部屋の奥へ導く。
三浦「私は、消えてなくなるのか……」
厚子「それでは、あなたを送り出します」
厚子、布団叩きを構える。
厚子「えっと……バットを振るように……」
三浦、急に険しい顔つきになる。
三浦「バットだと? なっとらん、なっとらん。何だその構えは」
厚子「えっ?」
三浦「私は野球に関することにはうるさいよ」
厚子、目を泳がせる。
厚子「えーっと……これは野球というか……」
三浦「最後なんだから、口を出させてくれ」
厚子「う……、では、ご指導お願いします」
三浦「まずはゆっくり、体の力を抜いて」
厚子、ゆっくり布団叩きを振る。
厚子「こうですか?」
三浦「違う、もっと! もっとゆっくりだ」
厚子「うええ……これ結構きつい……」
三浦「ちゃんとフォームを意識して」
三浦、厚子に手本を見せる。
二人、しばらく一連の流れを繰り返す。
三浦「うん、だいぶよくなったな」
厚子、ホッとした顔をする。
厚子「やったー、嬉しい。私、多分やればできる子なんで……」
三浦、嬉しそうに笑う。
三浦「何だか、まるで孫と野球をしたかったっていう夢が叶ったみたいだよ、ありがとう」
厚子「そ、それはよかったです……」
厚子、布団叩きを構える。
厚子「それでは、今度こそ、いきます」
厚子、教えられたことを意識して、布団叩きを振る。
三浦、厚子のフォームに満足そうな顔をする。
部屋が強い光に包まれ、収まると、三浦の姿はなくなっている。
厚子、息をつく。
厚子「全然関係ないスキルが身についてしまった気がする」
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