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高校時代の2色弁当【エッセイ Vol.2】

 私が女子高校生時代の話である。昼食は大体お弁当。都立の高校なので校内に食堂なんて大層なものはなかった。基本的にはお弁当持参か、どこからかやってくる購買のおばちゃんが持ってくるパンを買う、という選択肢だった。

 どうして高校生の体って、いくら食べてもお腹がいっぱいにならないのか。あの頃は不思議なくらい満腹中枢が麻痺していたなと思う。それくらい私は食欲旺盛なJKだった。もちろん、全員がそうとは限らないので、お弁当のサイズも教室で観察するとバラバラだ。赤いプラスチックで可愛らしい細っこーい2段弁当をちょっとずつ食べている小柄な女子もいれば、1段のバカでかいお弁当をガッポガッポ流し込む野球部男子もいる。

 私も高校入学して最初の頃は、少食女子を演じるためにロフトで購入した、幅が細く可愛らしいミニーちゃんの2段弁当を持参していた。中身は特別変わったものでなく、おかずとちょろっと野菜、そして米。まさに女子高生らしいありきたりなお弁当である。だが、"食欲の一年"と言っても過言ではないほど食欲が爆発していた私は、こんなちっぽけなサイズのお弁当で足りるわけがない。なので、母に「ねぇ。足りないからできるだけ多めに詰めてくれない?」と言うと「もうあれで限界なんだから。」と吐き捨てられた。

 はて、このお弁当問題、どうしたものか。やはりお金はもったいないが購買のパンを買うしかないかぁ、と諦めてその日は寝た。すると翌朝、母から「あんた、今日からこれにしな。」とドスンと渡されたお弁当が、なんとステンレス製のどえらい大きさの1段弁当。専用の内側が保冷仕様の包みは留め具が大きなマジックテープで、お弁当はずっしりとした重さである。

 「こんなの柔道部の男子か工事現場の兄ちゃんが持っているようなやつじゃん!」と悲鳴をあげるた。だか、母は「別にあんたのことなんて誰も見てないわよ。」と言って、とっとと自分の部屋に戻った。

 そう言う問題ではないのだ。今は高校1年の夏休み前だし、そこまで全員と打ち解けているわけではない。だからこそ、今が一番大事な時期なのだ。このデカ弁が今後の学校生活にどれだけ響くのか、この女はわかっていない。こんなお弁当見られたら、絶対に『大食いのおのぎ』と噂される。だがそんなことも言っていられず、結局私は柔道部男子のお弁当を持って学校へ向かった。

 とうとうお昼休みになった。昨日までは、まだかまだかと待ち続けている昼休みが、なぜ今日に限ってこんなにも早くきてしまうのだろうか。いつも通り一緒に食べる友達と集まり、私は存在感を消してコソコソと無言でお弁当を開けようとした。

 だがこの包みのでかいマジックテープを外すと「バリバリバリっ」と音がするので、みんなが注目する。「おのぎ、そのサイズどうしたんだ!」と一斉に視聴率を上げてしまった。私はものすごく恥ずかしかったのだが、思いきって「なんかいつもの弁当箱じゃ足りないから、今日からこれに変えた。」と堂々と答えてやった。最初は、ちょっといじられたが「まぁ、いっぱい食べるならそれが正解かもね。」と友達はすんなり納得していた。

 ドキドキしながら弁当蓋を開けると、これまたびっくり、中身は白いご飯と炒められた茶色い肉のみ。本当にただこれだけ。白と茶色の2色弁当である。さすがに私も友達も吹き出した。母は副菜の野菜のスペースですら米と肉で埋めたのだ。あの吉野家でさえ玉ねぎも入れているのに。もちろん、全然見た目は可愛くない。それに斜め後ろに座っているバスケ部の男子の弁当の方が配色数は上だ。最初は、なんじゃこりゃ、と思った私だったが、実際に食べ終えるとその日の満腹中枢は夕食まで持ち堪えた。

 それから私は3年間、毎日このお弁当箱を愛用した。相変わらず中身は基本、米半分と肉か魚のおかず半分の2色弁当。周りの友達は、私が可愛くないお弁当を持っていなくても特に何も言わなかった。「おのぎ、相変わらずよく食べるね〜」とツッコまれるくらい。

 母の言う通り、意外と周りは私のお弁当なんて気にしていないのである。むしろ、それからすぐ私の2色弁当に触発されて、大きいお弁当箱に変わった女子が出てきた。やっぱり小さいお弁当に限界を感じている者は私だけではなかったのだ。今ではあのステンレスの大きいお弁当箱に、私の食欲を3年間支えられて感謝している。あ、たまには物置から出して使ってあげないと。



【筆者プロフィール】
いのめ:小野木里奈
女優。コラムニスト。東京生まれ。
幼い頃から小説、漫画、アニメが好き。美術館にも定期的に通っており、アートに触れることも好き。女優として活躍の場を広げるために何か自分にしかないものを取り入れたいと思い、18歳でボクシングのプロテストに合格、21歳で大型自動二輪免許を取得。現在は、バイク専門webサイト『バイクのニュース』にてコラム『小野木里奈の○○○○○日和』を毎週連載している。このnoteでは、本人自身が日々感じたことや日常エッセイを自由に、素直に綴る。

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