ベースを引っ張り出したら思い出した埃みたいな話②


初めてのライブは西荻窪の地下。エントリー制でノルマを払った5組のバンドが出演するフリーライブだった。
数回しかバンド練習をしてないのに急にギターボーカルが入れたのだ。

講義終わりに4人で集まりライブ会場に向かうとすでに他のバンドがリハーサルを始めている。「テステスハーハー」と気持ちの悪い声を発していた。
同じように気持ち悪い声を出さなきゃいけないのだろうか。
リハーサルをしていたバンドのベーシストが客席の奥、暗闇の先の誰かに向かってもう少し音をどうだのこうだの要求していた。

音なんかベンとボンで良いだろ。あなたがこだわると、僕もこだわった態度で暗闇の先に何かを投げかけなきゃならないじゃんか。余計なことすんなよ。と未知との遭遇に僕はイライラしていた。
といって良いも悪いもわからないのだから自分たちのリハーサルでどうしたかというと、少し弾いて手を止め、
何?このライブハウス…すごい合う!!こんなにピタッと合うことあるの?いやー言うことマジでない!笑けてきちゃったという顔を演出して「オッケイです」と言って逃げた。

急に決まったのだから当たり前だが、完全にライブハウスに飲まれていた。
しかしどうしても腑に落ちない。
数回しか練習していないのにギターボーカル、自意識の塊ベース、リズム感0ドラムの3人でライブに出る意味があるのだろうか。

挫折レスポールはライブに間に合わなかった。
Fコードが弾けず、今回のライブは見学しろとギターボーカルに通告されていた。
挫折レスポールはリハーサル中、袖に立ってずっと見ていた。
今日のライブで一番下手くそなバンドになぜか専属のスタッフがついてる。
あの子はなに?と他のバンドメンバーにニヤニヤ見られていた。

僕は挫折レスポールを不憫に思ったが、来てくれて本当に良かったと思っていた。
誰も僕らをみていない。
みてなくて良いのだけど、知ってる誰かにみてもらってなければこの恥ずかしさをどこに向けたらいいのかわからなかった。

ライブ本番、僕は会場に顔を向けることができずリズム感0ドラムを見ていた。
「そうなんす!このバンドはリズム体の結束が強いんす!」という演出いや自己催眠をかけていた。

ギターボーカルの進行の元2曲を弾き終える。
最後だ、この曲が終われば逃げられる。
リズム感0ドラムも同じことを思っていたのか、力いっぱい叩き始める。
その瞬間、シンバルが思いっ切り弾んだ。
弾み、少し飛び上がったシンバルはバランスを崩し傾き始めた。
僕達は下手な上にライブハウスの借り物も壊すのかと絶望した瞬間、袖から挫折レスポールが手を伸ばし床に倒れそうになるシンバルを救った。
挫折レスポールがいてくれて本当に良かった。

ライブハウスのスタッフ兼その日のトリを務めていたバンドのボーカリストの感想は、演奏に関しては特になく「シンバルが倒れなくて良かった」だった。
シンバルを救った挫折レスポールをついにバンドの一員と認めたのか、ギターボーカルはその日のエントリー料をしっかり挫折レスポールからも徴収していた。
僕もリズム感0ドラムも強くは言えない。3人で割るより4人で割る方が良い。一万円近く払ってやるせない気持ちになるだけって何なのだろうと思った。


初ライブの失敗から楽器を変える流れが生まれた。
ギタボ、0ドラ、挫レの3人の間で会議をし、挫レがドラム担当、0ドラがギター担当になった。
挫レはあれだけギターで苦戦していたのが嘘のようにドラムを叩けた。
挫レが言うにはピアノをやっていたからリズム感があるらしい。
ピアノってすごい楽器なんだなと思った。
挫レは自分の力を発揮する場をみつけてキラキラしながらドラムを叩いた。
挫レのドラムがしっかりしたのでバンドがバンドらしくなった。
0ドラもドラムよりはギターの方がしっくりくるみたいだ。
ギタボから借りたギターで座りながら演奏していた。
僕も座りながらじゃないとベースを上手く弾けない。3/4が座っている。
見た目、女子十二楽坊のようなバンドになった。



次の日がバンド練習だったからなのか、ただ埼玉の家に帰るのが面倒だったからなのか覚えていないが、
その日はバイトを終え、歩いて近くのギタボの家に向かっていた。
お邪魔すると、付属上がりの友達同士で麻雀をしていた。
僕はその日とても疲れていたので挨拶を交わしてすぐ屋根裏にあがって横になった。
パチパチと牌の当たる音が聞こえる。
ギタボが僕らの音源が入ったCDをかけ始めた。

この頃、僕らはバンドの曲をレコーディングしていた。
いつものようにギタボが自主的にレコーディングができるスタジオをみつけてきて、他の3人がそれに従った。
僕はバンドやって一年になるし、まあ記念に曲を残すのも経験だよなという気持ちで参加していた。
できたCDを地元の友達に聴かせたら
「とりあえずボーカル変えたほうがいいよ」と言われた。
家で聴いていたら、母親が部屋に入ってきて
「ボーカル変えたほうがいいよ」と言ってきた。
そう言われ何となくその場を濁して終わらせた。
老若男女に違和感を与える歌声のギタボを守りたかったわけじゃない。
真剣にそう言ってくる人たちに自分は戸惑っていた。
ボーカルを変えろと言われたことをみんなに伝えることもなかった。


東場に響く僕らのバンドの曲。
ギタボが傷つくかもしれないと思ったら目が冴えてくる。
もしそうなったら、挫レや0ドラに伝えるべきか。ギタボにそっと寄り添うべきか。
しかし、内部雀士達の反応はそこまで悪くなかった。
もっとこうすればというアドバイスみたいな時間が流れていた。
それを聞いたギタボは開口一番

「でもベースがあれだから…」

と言った。
ギタボは僕にストレスを感じていた。予期せぬ陰口。自分が裏を取って見張っていたと思ったら実は裏を取られ刺されるとは。
ベースが下手と言われていることはどうでもいい。
お前だって言われているぞとも思わない。
これは気を使われていることが悲しいのか、腹が立つのか。
実は挫レも0ドラもそう思っているのかという疑心暗鬼か。
ただベースで見返してやろうとも思わない自分がギタボ達と一緒にいて良いのだろうか。
南場が始まっている。

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