社長芸人による芸人経営学.3
前回に引き続いて、「芸人」を事業と捉えた場合に、それをどのように経営していくのかを説明していきます。
芸人事業の内容を一般的な企業活動に沿って以下の5つの部署に分けて説明してきました。今回はその中(2)からです。
(1)製造部門(2)営業部門(3)流通部門(4)人事経理部門(5)総務部門
一般企業における営業部門というのは、主に商品を売り込む仕事をします。製造部門によってつくられた商品を消費者の手元に届けるための諸活動です。
では芸人事業における営業とはどのような内容であるか。
私たちが芸人として仕事を得るためには
認知→発注
というプロセスが必要になります。
まず知っていただき、それから仕事を発注してもらう流れです。
認知してもらう状況については、積極的認知と受動的認知があります。
積極的認知とは、仕事を発注する側が「○○ができる芸人が必要だ」と思って探している状況でこちらを認識する状態です。
一方受動的認知とは、こちら側から「私はこんなことをしています」という情報を発信した結果、仕事を発注する側が「なるほど、そういう芸人がいるのか」と認識する状態です。
日用品などの消費財や日常生活サービスなどでいうと、前者が顕在化されたニーズ、後者が潜在的ニーズとも言えるでしょう。
相手が一般消費者であった場合は、YouTubeなどで動画検索する際に、「芸人名 ネタ」とか「番組名 放送日」などで検索する状態です。
後者は、なんらかの動画のレコメンド(この動画を見ている人はこちらの動画も見ています)に上がるとかサムネイルで興味を惹かれて動画を閲覧する状態です。
いずれかの形で認知して頂かないことには、芸人として仕事を得ることができません。「芸」という商品をお客様に気がついていただけないからです。
ですので、芸人経営における営業という業務は、どちらかというとプロモーションや広告宣伝のような仕事がメインになります。
もちろん、顧客ターゲットを設定して直接売り込むこともありますが、商品の特性上「自分で自分を売り込む」という形になり、商品価値が低く認識されてしまうというデメリットが生じます。
ここで、「芸能事務所」という存在が極めて重要となるのです。所属することで自分の代わりに自分の「芸」を営業してくれる存在です。
化粧品などで顕著ですが、販売者や製造者からの売り込みよりも「クチコミ」「利用者の意見」が購入の決め手になるというのは日常生活でよく目にする光景です。
インターネットで化粧水や洗顔料を検索してみてください。その全てに「お客様の声」が掲載されていませんか?
付加価値型の商品やサービスほど、他人から売り込まれた方が効果的なのです。
芸人経営における営業業務は、芸能事務所に所属することで全面的に業務委託をすることができます。
芸能事務所との契約がほぼ例外なく「マネジメント(委託)契約」となっていることからもわかります。
場合によっては、芸能事務所側で商品製造を手伝ってくれることもあります。市場のニーズを最も理解しているのは営業の現場に出ている人たちなので、その情報をもとに「芸」を需要にあった形でブラッシュアップさせるというのはとても効率が良い方法です。
一方で、芸能事務所というのは数多くあり、それぞれに得手不得手があります。また業界も(制作会社、広告代理店等)への影響力も常に変動していきますので、自分の芸の特性にあった芸能事務所を選ぶ必要があります。
しかし、自分に合った事務所だと思っても、事務所側から不要と言われてしまうケースも数多くあります。特にお笑い芸人は現在供給過多なので、芸能事務所側の選択権が強くなってきています。
時折目にする芸能事務所によるパワハラやセクハラ問題などは、優越的地位の濫用が原因となっている部分も多いのではないかと思います。
また、芸人自身が芸能事務所を設立して営業を行うケースもあります。
一定以上の芸のレベルや知名度があれば、個人事務所という形で営業活動を行っても十分に収益を上げることが可能です。特にマジシャンや大道芸、音楽系の芸をもつ場合、ギャラが全額手元に入るというメリットもあり、そのような営業形態をとっている人が多く見られます。
お笑いの場合は、単独で業務が完結しなことが大多数なので、必然的に個人事務所のメリットが小さくなります。
しかし、芸に強烈な個性があれば少数でも熱烈なファンを獲得できますから、個人事務所としての活動でも事業が成立する場合もあります。
芸人経営としての営業を効率よく行うためには、綿密なマーケティングが不可欠となります。
市場のニーズを敏感に察知して、すぐにそのジャンルに向けた商品を用意すれば、「〇〇芸人」という称号を得ることができます。そうすれば、そのジャンルでの第一人者としてそれなりの量の仕事を受注できます。
キャンプ芸人、バーベキュー芸人、家電芸人、昆虫芸人など自身の強みを生かしてそのジャンルへの知識と熱量をPRすることで仕事を受注している例は多くあります。
一方で、M-1やキングオブコントなどの賞レースに特化することで知名度を得て仕事を取る方法もあります。しかし、これは極めて競争率が高く、テレビ放送される決勝に進出したとしても、十分な仕事を得られないことがあります。
その原因として「毎年ファイナリストが誕生する」という賞レースの宿命があります。チャンピオンは毎年1人ずつしか増えませんが、ファイナリストは20組前後増えます。5年で100組以上出るわけで、ファイナリストという優位性は年々低下する仕組みなのです。
とはいえ、芸の完成度や実力が高いことが保証されますから、次の一手さえあれば、高確率で事業が成功するといえます。
営業活動の一環として賞レースに向けた芸の研鑽を行うというのは、副次的に芸のレベルが向上し、お笑いライブシーンでの認知度の向上が発生するため、取るべき選択肢の一つであるとも考えられます。