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青きサンフラワー

夏のお約束

小学生の頃のわたしには、楽しみな夏のお約束があった。
毎年夏には、母にワンピースを1枚買ってもらうというものだ。
その夏の1枚は、漏れなくわたしのお気に入りとなっていた。
ただ、あんなにお気に入りだったワンピースも、柄を思い出せるのはたったの1枚のみであり、自分の記憶力を疑ってしまう。
その1枚は、今でもふとした時に思い出すほど、特別なワンピースだ。

とっておき

輝かしいそのとっておきの1枚は、一面にひまわりが散りばめられているとても夏らしいワンピースだった。
しかも、黄色ではなく、青色のひまわりだ。けれど、当時小学4年生だったわたしは、青色のひまわりの特別感は大して感じていなかった。大人になった今こそ、青いひまわりのワンピースなんて、珍しくてかわいいなと思ってしまう。
じゃあ、そのワンピースがとっておきの1枚になった理由は一体何だろう?
そんなことを考えていると、そのワンピースを着て嬉しそうにピースしている1枚の写真がポッと頭に浮かんだ。

初めての2人旅

その年の夏休み、父が京都に泊まりがけの研修に行くことが決まっていた。夏休みにどこも行く予定がなかったわたしは、父のその研修に着いて行きたくなった。父にお願いしてみたところ、他にも家族連れで参加する方がいたことから、一緒に着いて行けることとなった。
そのやり取りをしたのは、研修への出発の日の朝。急いで母に準備してもらい、わたしは迷うことなくお気に入りのワンピースをバッグに入れて、父と2人で本数の少ない電車に乗り込んだ。
お盆とお正月以外、平日も土日も朝から晩まで休みなく働いていた父と、2人で旅行するのは初めてのこと。ドキドキワクワクしていたけれど、娘との2人旅に、実は父の方がワクワクしていたのじゃないかと思う。
その日は研修を終えた父と、他の参加者の方と共に同部屋で1泊し、翌日は2人で京都観光をした。確か訪れたのは、太秦映画村と石庭で有名な龍安寺だったと思う。不思議なことだけど、真夏の京都で、石庭の美しさに感動しながら、踏みしめた足の裏に伝わる床の冷たさを、今でもしっかりと覚えている。京都の暑さで火照った裸足に、床の冷たさがとても心地よかったのだ。
その心地よさを物語るように、満面の笑みでカメラにピースをする小学4年生のわたしが、写真に残されている。青色のひまわり柄のワンピースを着た、ショートカットの少女のわたし。
あのとき父は、レンズ越しに何を思っていたのだろう。
終日遊びきって疲れたからか、京都から自宅までの帰りの記憶は一切ない。
こうして、父とわたしの最初の、そして最後の2人旅は終わった。

青いひまわり

年々薄れていく記憶の中で、異彩を放っているたった1枚のワンピースには、こうした背景があったのだ。
そのワンピースが特別可愛かったからでもなく、青いひまわりの柄が珍しくて好きだったわけでもない。
父との最初で最後の思い出が詰まった、大切な1枚だったから。
今でも、青いひまわりの柄を見ると、ついつい買いたくなってしまう。あまり見かけないから余計にだ。
あの時間が戻ってくるわけでもないし、戻ってきてほしいとも思っていないけど、懐かしさと共に、少し胸がきゅっとなるのは、母との2人旅はその後何度もしたのに、父との2人旅をしようとしなかったことを、心のどこかで悔いているからかもしれない。
目を閉じて、今は亡き父ともう1度、2人旅をしてみよう。
そこに立つわたしはもう少し大人っぽい青いひまわりのワンピースを身につけ、レンズを構える父に微笑みかけているのであった。


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