10:旅行

※登場人物は全て仮名です。また一部詳細を変えています。

プライベートで旅行に行く、なんて大それた事は出来ない。

が。

"あの"Barの常連達で旅行に行こう!という企画が、オレが知らないうちに出来ていたらしく、それにもエミちゃんが誘ってくれて、参加できた。

8月中頃に、良く会う仲間内で飲んだ帰りにエミちゃんが誘ってくれたもので、オレは内容を良く知らないまま二つ返事で参加を決定してしまったものだったが、これがかなり大掛かりなものだった。

旅の道中、仲間の一人が行方不明になるという大事件に見舞われたのだが、まぁ今となっては、行方不明になった当事者のノリさんが笑い話にしてるので割愛する。

オレはこの旅の道中で、エミちゃんに対して知らなかった事を一つ知った。

エミちゃんは高所恐怖症、或いは階段恐怖症である、という事。

高所恐怖症とは言わずもがな、あまり聞く機会が無い階段恐怖症とは、高さそのものよりもそこに至るまでの幅が狭い足場、しかも下る時に限って恐怖を覚えるという限定的な恐怖症だ。

例えば野球場なんかだと後方に行くに連れて足場が狭く角度も急になるのがある程度定番だが、野球場の後方席に行くと降りる時に腰が抜けて座り込んでしまう人が時々いる。あれが階段恐怖症だ。

恐らくは階段恐怖症だったのだろう。
道中休憩で立ち寄ったSAにあった展望台にも、1人だけ頑として登らなかったし、旅先の世界遺産を訪れた時に、オレに付いて足場が狭い石段をひょいひょいと上がって来てしまい、降りようと振り返った時に、実際に悲鳴を挙げて尻もちをついてしまったのだ。

ごめん…高いところ苦手なんだ…とは言っていたが、彼女は居宅も実家もマンションの中高層階。
苦手なのは高さよりも狭い足場なんだろう。

そう言えば、山の上にある世界遺産に向かう道中も、みんながひょいひょい上がっていってしまうなか、エミちゃんはゆっくりゆっくり上がってきていた。

オレはエミちゃんの歩く速さにあわせて一緒にゆっくり上がったが、確かに息は上がっていたけど、バテるという程へばっていたわけではない。
やはり階段に対する何かがあるんだろう、と今では思う。

そう言えば、この旅行の前後には、エミちゃんの交流範囲が恐ろしく広い事を薄々感じていた。

前に、エミちゃんの周りにはどんどん人が集まる、と書いたが、自分が目の当たりにした"それ"が、まだまだ序の口と言えるほど、エミちゃんの向こう側には大勢の人がいて、それら全てを蔑ろにせず付き合っていた事、それがこの悲劇の一翼を担う原因の一つだったんじゃないか、という推測までみんながしていたほど、尋常では考えられない広さだった事を後々に知る事になるのだが、この頃はまだそこまでは知らなかった。

しかし、道中オレがふざけて『エミちゃんは、オレの事あまり構ってくれないからなぁ』と言って見せた事に対して、エミちゃんは本気で驚いた様な表情を見せ『めちゃくちゃ会えてるじゃん!』と反論したのだ。

その時は、月に3度一緒に出掛けてるレベル、確かに少なくはないけど、めちゃくちゃ会えてる…かぁ、と思った。

しかし後から考えると、恐らく似たような事を他の人達からも言われていたんだろうし、その中で"月に3度"は上位に位置する回数だったんだろうなぁと思う。

そして、"似たような事を言っていた"人達の中に、コガくんが居た事を知ったのは、彼女が亡くなった後の事だった。

実はこの頃から少しずつ、エミちゃんの中に良くない変化が出てきていたのだが、それにオレが気付くのはもう少し経ってから。

何故なら、それより先にオレに取っては良い変化が見えて、それによって目隠しされてしまったから。

ある日、仲間の一人であるイシとエミちゃんの3人で飲んでた時、イシが席を外して2人になったタイミングに、エミちゃんが突然、オレに意外な事を言った。


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