28:ヨシノさんとの会話

※登場人物は全て仮名です。また一部詳細を変えています。

結果的にヨシノさんの方からオレに接点を持って来た。

いや、オレも接点を持とうとしていたのかも知れない。

オレがヨシノさんがいた輪に、オープンスペースな酒の場特有の「どう?飲んでる?」というノリで乱入したのだ。

それを機会と見たかの様に、ヨシノさんはオレに話し掛けてきた。

恐らく、メグミちゃんがヨシノさんにオレの事を説明してくれてたんだろう。
二人が同じタイミングでオレの方を見た、あの時に。

のあさんですか?私、ヨシノです。

それに対して、オレはすぐに食いついた。

後から考えたら、ヨシノさんはエミちゃんとの関係性をこの時に言ってなかったかも知れない。

なのに、オレは待ってましたとばかりに飛び付いてしまった。

ヨシノさんからすれば、ああ、やっぱり、という感覚だったかも知れない。

それでも、エミちゃんと近かった同士、それをお互いが知っている同士、話は早かった。

ついさっき面識を持ったばかりなのに、ヨシノさんは気さくに接してくれて、色々な話をしてくれた。

なるほど…エミちゃんと気が合うかも知れないな…と感じたのを覚えている。

会話は、"エミちゃん"という主語を欠いた状態で続いた。

お互いが誰についてどんな話をしてるのか、お互いが理解していたから、主語が無くても会話は成立していた。

その中で、ヨシノさんの話は、エミちゃんがどんな人だったかという話題が多かった様に感じる。その話の多くは、他の人からも聞いた事がある話だった。

もちろん、そうではない話もあった。
その話は、オレの頭の中にいる"オレが知らないエミちゃん"の像の、微妙に空いていた隙間にスポッ、スポッと収まっていった。

ヨシノさんが、エミちゃんが亡くなったあの日にとった行動も聞いた。
ヨシノさんはあの日、単身で管轄の警察に行ったんだと言う。
そして、関係者じゃないから教えられないと突っぱねる警察に対して食い下がったそうである。

二人で撮った写真などを何枚も見せて、本当に友達なんです!他人じゃないです!と訴えたそうだ。

オレは、周りの人間が言うほど、周りの人間から聞いた程、ヨシノさん本人はエミちゃんに対して悪い感情を持ってないんじゃないか?と感じた。
仲違いだの絶交だの、そんな感情を持っている人とはとても思えなかった。

ヨシノさんは、前日にオレがとった行動…つまり、自宅や職場、警察を訪ねた日の事を聞いて、エミちゃんの状態を知らなかったのに、そこまで辿り着けたのは本当に凄いよ、と言った。
エミちゃん自身が、自分の精神状態を必死で隠してたから、知らない人が多かったのも無理はない、という事だった。
そして、今回は間に合わなくてこういう結果になったけど、もし間に合って説得しても止められなかったと思う、とも付け加えた。

エミちゃんの精神状態を知りながらずっと接してきたヨシノさんが言うんだから、その通りなのかも知れない。

ヨシノさんはエミちゃんの元彼の事も知っているらしい。
と言うのも、エミちゃんとエミちゃんの彼氏と3人で遊ぶ機会も多かったのだとか。

そんな中で、気になる話があった。

ヨシノさんは、エミちゃんと付き合う男達に、エミちゃんに関する忠告をしていたという。

『エミちゃんは、ああいう性格だからね。きちんと理解して受け止めてあげてね。それが難しいなら、付き合わない方がいいよ』という話だった。

"ああいう性格"、それが何を指してるのかピンと来た。

あの日、エミちゃんのLINEに書いてあった…

"自分で言うのも悲しくなるけど、私はやめておいた方がいいよ。
私は本当にその日しか見てないから、付き合ったら地獄見るよ。"

これの事だ。

つまり、エミちゃんは広過ぎる交友関係を律儀に大切にしていた為に、1人の彼氏の為だけに時間を割けない、ある種の自由人だった、という事だ。

そう言えば、オレが知っている限り最後の彼氏と別れた理由も、エミちゃんが自分の誕生日に自分が行きたいイベントに行こうとした事を、彼氏に結構な言い分で咎められた事が原因だったと聞く。

行かせてあげればいいと思う反面、彼氏からすれば彼女の誕生日、何か計画を練っていた、サプライズを考えていた可能性も否定出来ないから、彼氏の気持ちもわかる。

エミちゃんが亡くなった日に、ナオさんのBarでユミコさんから聞いた話と、この日ヨシノさんから聞いた話が合わさる事で、あの日エミちゃんがLINEで送って来た文章が体のいい断り文句などではなく、真面目に正直に答えてくれたものだったんだと、この日知った。

ヨシノさんはこう続けた。

そうやって3人で遊ぶ機会が多かったのに、いつからか私だけ省かれて意地悪された…と。

これはあくまでも想像でしかないが、ヨシノさんの彼氏に対する忠告が、ひょっとしたらエミちゃんにとって面白くなかったのかも知れないな、と。
ヨシノさんが、二人の為を思ってしていた事が、エミちゃんからすれば「余計な事しないでよ!」となっていたのかも知れない、と。

"男の事で仲違いした"…なるほど、有り得ない話ではないな、と思った。

もちろんこれは、飽くまでもヨシノさんの話を聞いた状態の想像である。

何しろオレは、エミちゃんからはヨシノさんと何があったのかはおろか、ヨシノさんの名前すら聞いたことがないのだから。

しかし、エミちゃんとヨシノさん、二人のSNSを見比べる限りでは、かつてこの二人が親友だった事は間違いないようだ。

エミちゃんとヨシノさんが仲良くなったキッカケは、お互いにお父さんが凄い厳しい同士だった、という事があるらしい。
なんだそれ?とは思ったが、お互いに親への不満をためてる同士、その愚痴り合いから意気投合したと考えれば、それもあるのかなと思った。

そしてヨシノさんは、エミちゃんの苗字…と言いかけて、言葉を止めてこっちの様子を伺い見た。

オレはその意味をすぐに理解して「旧姓はタケダでしたよね」と言った。

たまたま行き当たって知ったエミちゃんの旧姓が、こんなところで役に立った。

それを聞くと、ヨシノさんは話を続けてくれた。
知らなくてもヨシノさんが教えてくれたのかも知れない。
でも何となく、話がスムーズだった様な気がした。

エミちゃんが離婚した時に苗字を戻さなかった理由は、お父さんへの反抗心だったんだって。お父さんと同じ苗字には戻りたくないって。

というヨシノさんの言葉を聞いて、エミちゃんがお父さんの話を聞かせてくれる姿を思い出していた。そう言えば、若い頃は怒鳴り合う程の喧嘩をしたことがあるって言ってたなぁ。ひょっとして、これの事かなぁ、と。

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