25:君の名は…?

※登場人物は全て仮名です。また一部詳細を変えています。

エミちゃんはバツイチだ。

これはエミちゃん本人も隠さず言っていたし、みんなが知っていた。

じゃあ、エミちゃんの苗字は、離婚した元旦那の苗字か?それとも出生時の苗字か?

そんな事は一度たりとも考えた事はなかった。

エミちゃんの苗字はササキだった。

ササキエミ、それが彼女の名前だった。

本人もあっちこっちでその名前を名乗っていたし、彼女のSNSもそうなっていた。
ビジネスの場では名刺というものが存在するし、そこから付いた癖もあるだろうが、大人になると自己紹介は苗字のみである事が増え、フルネームで自己紹介をする機会は減ってくる。
しかし彼女は、自分が見ていた限りではいつもフルネームで自己紹介をしていた。

当然、それが彼女の名前という認識しかなかった。

それに疑問を呈した出来事があった。

それが、職場在籍無し、というあの一件だった。

エミちゃんの行方を追って警察に行った時に一緒に行ったナオさんは、在籍無しという結果を聞いて、本当に苗字ササキであってる?と疑問を呈した。

どういう事か理解出来なかった。

しかし、ナオさんは「普段は旦那の苗字を名乗ってても戸籍や職場は旧姓かも知れないじゃん」と言った。

女性が結婚後も職場では旧姓を名乗り続けるケースは往々にしてある。

また、女性は離婚後は元の戸籍に復籍するか新たに戸籍を作るかを選択出来る。

新しく戸籍を作る場合、旧姓と元旦那の苗字、どちらを名乗るかを同時に選択する事になり、もし元旦那の苗字を選択した場合、再婚⇒再度離婚、となっても、元旦那の苗字が旧姓として扱われる為、もう出生時の苗字に戻る事は出来ない。

裏を返せば、元旦那の苗字を名乗っているケースも普通にある、という事であり、また苗字を変えた場合に起こる煩雑な手続きに、多くの女性は1度やると懲りる、と聞く。1度、つまり結婚時だろう。

さすがにこのケースでは、普段の名前と職場での名前が違うとは考えにくかったが、エミちゃんの苗字が出生時の名前なのか、それとも結婚後の名前なのかはわからなくなった。

ある時、もう更新される事はないエミちゃんのSNSをなんとなく眺めていた。

ひょっとしたら、エミちゃんの面影を求めていたのかも知れない。

元々滅多に更新しなかったエミちゃんのSNSは、少し辿るとすぐに数年前の記事に飛んでしまう。

7年位前のポストだろうか。

エミちゃんが彼女のお父さんと一緒に撮った写真を載せているポストがあった。

記事には、休みの日にお父さんの仕事を手伝ってたら、お父さんの本に名前を載せて貰えた!と書いてあった。

士業をやっている彼女の父親は、専門書の発行にも携わっていた様で、その本にスタッフとして名前を載せて貰えた、との事だったが、自分の名前が載ったページを撮った写真には、間違いなく【ササキエミ】と印字されていた。

父親の話はエミちゃんから何度か聞いた事があった。

「凄い厳しい人だよ。ザ・昭和って感じの人。今はお父さんの事好きだけど、若い時は喧嘩もたくさんしたよ。理解して貰えないのが悲しくて"なんでわかってくれないの!!"って怒鳴ったり」

とにかく、厳しい人らしい。

興味を持って、その本のタイトルを検索してみた。

その本を発行している機関のホームページが出てきた。

ホームページ内には、本の発行に携わってる人達の写真付きプロフィールが載っているページがあったが、エミちゃんの父親は載っていなかった。

wayback machineを使って、エミちゃんが記事をアップした時期のプロフィールページのキャッシュを取り寄せてみた。

確かにそのページに、エミちゃんの父親の写真があった。

しかし、そこに書かれた名前は「ササキ」ではなかった。

そこには「タケダ」と書かれていた。

オレが出会った頃から知っていたエミちゃんの名前は、結婚後の名前だったのか…。

タケダエミ、それがエミちゃんの出生時の名前、という事になるが、言われても全然ピンと来なかったし、こんな事を知って何になるんだ…と嫌気がさしたが、この時に知ったエミちゃんの旧姓が、のちにとある人との会話に役立つ事になった。

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