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直感に心を開いて。つくるひと、伝えるひとの眼差し。<旅先案内人vol.28 九州 手仕事の旅 前編>

 新しい表現を紡ぐ、現代の手仕事を訪ねて。

自分の見ている景色、あるいは素敵だなと思うことを、誰かも同じように”いいな”と思ってくれたら嬉しい。心動かされるものに出会った時、誰かと共有したいという想いが芽生える。それは、人間の性ではないかと感じます。

九州・福岡で出会ったのは、直感に心を開き、手仕事の魅力を伝える、”現代の表現者”たちでした。

>前編:直感に心を開いて。つくるひと、伝えるひとの眼差し。
>後編:新時代を紡ぐ、有田焼にまつわる職人たち。(1月中旬頃配信予定)

【小倉縞縞】<北九州市 小倉>

糸に宿る物語 。偶然に導かれ、現代に復活した小倉織。

福岡県北九州市に位置する小倉。重工業など、工業地帯のイメージが強い小倉ですが、その昔は約百件もの「機織り(はたおり)」の工場や工房があり、”繊維業”に携わる人々がたくさんいたそうです。その背景に深く関わっているのが、「小倉織」です。

たての縞模様が印象的な「小倉織」

小倉織とは、江戸時代の豊前小倉藩の特産物で、たて縞を特長とした質の高く丈夫な木綿の織物です。武士の袴としても親しまれ、徳川家康が愛用していたという史実も残っているほど。明治時代は男子の学生服として人気を博しましたが、昭和初期に途絶え、数多くあった機織りの場所も、全て潰えてゼロになってしまいました。

一度は途絶えてしまった小倉織は約50年の空白を経て、1984年に北九州市出身の染織家・築城則子さんが、手織りで復元・再生し、現代に甦りました。築城則子さんが小倉織と出会ったのは、骨董店。小さな小倉織の端布をたまたま見つけ、その美しさに魅せられました。木綿なのに、絹と間違うような光沢を持ち、なめし革のようにしなやかで艶やかな肌ざわり。自身の地元にも縁が深い織物ということを知って、さらに驚いたそうです。

築城則子さんが骨董店で出会った小倉織の端布。(※写真提供:『小倉縞縞』)
Photo: kyoko omori 

途絶えていた織物を再生したいという想いで、作り手がいなくなってしまっていた小倉織を、築城則子さんは独自に研究と試行錯誤を繰り返します。そして、1984年に現在の小倉織の礎を完成させました。

これからに繋げていくために。手仕事と技術が織りなす、新しい小倉織ブランド

則子さんは、手織りの小倉織を作家として制作し、現在美術館などに収蔵されています。しかし、手織り作品は制作数も限られ、高価なもので、気軽に手に取って使い、多くの人々に認知してもらうのは、中々難しいと思われました。

「復活したからには、これからに繋げていきたい」そんな想いを胸に、2007年、ご家族である小倉縞縞の代表の渡部英子さんや築城弥央さんらは、則子さんの情熱を受け継ぎながら、機械織による小倉織ブランド『小倉 縞縞』を立ち上げました。小倉織の特長である丈夫で美しいたて縞を活かし、現代のデザインを取り入れながら新たにスタートしたブランドです。

"機械織"といっても、決して簡単な作業ではありません。小倉織の最大の特長である、美しいたて縞。経糸(たていと)が通常の織物の約2倍以上の密度になっており緯糸(よこいと)が見えないほどのバランスで織られているからこそ生まれる表現なのです。制作工程は、約8,000本以上の糸を「整経(せいけい)機」という機械で、経糸を並べたあと、緯糸を入れて織っていきます。

小倉織の糸は、細く繊細な糸のため、時には糸が途中で切れてしまうことも。そんなときは、人の手で丁寧に糸を繋ぎ直す作業が必要になります。たとえ"機械織"といえど、多くの人の手仕事によって支えられていることを実感します。

「機械織といっても、多くの作業には人の手が介在しています。ただ、すべての工程を手織りで行うとなると、膨大な時間と手間がかかってしまい、完成品のコストも跳ね上がってしまう。そうなると、世の中に普及していくのは難しいですよね。これからに繋げるためには、伝統を受け継ぎながら、現代の技術と組み合わせることで、時代に合わせた新しいものづくりに挑戦できるのではないかと考えています。」

築城弥央さんが語ってくれた言葉から、小倉織の本質の部分を大切にしながらも、伝え、繋げていく気概と覚悟を感じました。

一度は途絶えてしまっていながらも、偶然"端布"と出会ったことで現代に復活した小倉織。ひとりの人が"美しい"と感じた素直な想い、後世に繋いでいきたいという温かで力強い想いが、現在の小倉織に繋がっています。ちいさな歴史のカケラとの出会いは、必然だったのかもしれません。ささやかな出会いからはじまった新しい小倉織が、日本を代表する工芸品へと成長し続ける未来が、今から楽しみでなりません。

取材協力:小倉織物製造株式会社 代表取締役 築城 弥央さん
HP:https://www.kokuraorimono.com/
TEL:093-953-8388


【gallery cobaco】<福岡県 朝倉市>

等身大の自分と向き合い、たどり着いたひとつの答え。
自然体の、小さなギャラリー。

「自分のみたい景色を、実現しているだけなんです。」

そう語ってくれたのは、福岡県朝倉市のギャラリー「gallery cobaco」を営む秋重久美子さん。ギャラリーをはじめた経緯を尋ねたとき、清々しいくらいに潔よい言葉が返ってきたのが印象的でした。

現在、ギャラリストとして活動する秋重さんは、少し変わった経歴の持ち主。23年、美術教員として学校に勤め、学年主任を7年間担当。学校での教員生活は楽しくやりがいもありましたが、別の生き方をしてみたくなり、退職を決めたそうです。

「何かするために退職したわけではなく、とりあえず退職しました。そしてポロっと、ギャラリーをしようかな、と思いついたんです。実は、美術館もそんなに熱心に行っていたわけではなかったし、作家の知り合いもいなかった。とりあえず、空間を作ろうと考え建築家を探して…。どのような場所にしようかは、作りながら考えていきました。」

そうして2018年に完成したのが、現在の『gallery cobaco』。最初は、Instagramなどで、地道に検索をして作家さんを探し会いにいっていたそうです。苦労したことや辛かったことはなかったんですか?と尋ねると、

「無理に風呂敷を広げるようなことはせず、自分の守るべきものを持って動きます。だから苦戦してしまうことはやらないんです(笑)」

自分の手の届く範囲で、最大限を。そうしていくうちに、秋重さんの周囲には面白いひとたちが自然と集まってくる・・・。広げるのではなく、"つながっていく"仕事の在り方は、とてもヘルシーだと感じました。

「ただの箱でありたいんです」

ガラス張りのモダンな小部屋、古民家を改装した母屋、広々としたお庭。『gallery cobaco』は、アートギャラリー、ショップ、カフェなどの機能を備え、作品の展示によってしなやかに表情を変えていきます。

「ギャラリー自体は空っぽの箱なので、展示や使われる方の色に染まっていく。私自身、飽き性な性格なので、その方がずっと楽しめるんですよね。ギャラリーには、いろんな役割があると思います。アートを発表する場所としての役割、また、作品と出会い、豊かさに触れる場所としての役割…。私は、 なんでも受け入れて、なんでも排出して・・・。ただの箱でありたいんです。」

ギャラリー名の「cobaco」(小箱)の意味と、秋重さんのお話しが頭の中で繋がりハッとします。アートギャラリーというと、作品の前に立ちながらじっと静かにアートと対峙するイメージがありました。しかし『gallery cobaco』では、お茶を飲みおしゃべりをしながら、少しアートに触れるのもよし。じっくりと作品ひとつひとつと向き合うのもよし。雑貨など、お買い物を楽しむのもよし。過ごし方を、来る人に委ねてくれる、豊かさがあります。秋重さんの等身大で、飾らないスタンスが、ギャラリーにも滲み出ているからこそ、心地よい空間になっているのかもしれません。

日常に少しの要素をプラスする。"気づきの魔法"

秋重さんは、ご自身のギャラリーでの活動だけではなく、朝倉市と協働したアートプロジェクトを主催するなど、地域でアートを切り口にした企画も行っています。「芸術実験」というプロジェクトは、温泉旅館や、廃園になった幼稚園などを舞台に、現代アートの作品を展示するインスタレーション。次回は2024年3月、現在は店をたたんだ昭和の雰囲気を残す喫茶店と、甘木鉄道が舞台です。

第二回芸術実験の様子。閉園した幼稚園を舞台に、さまざまな現代アートが展示された。(写真提供:gallery cobaco)

「日常にちょっと別の要素を付け加えると、より楽しくなるんじゃない?っていう提案をしたいんだと思います。どこの地域でも、長く暮らしているとその場所の良さのようなものに気が付かなくなりますが、実際には違う。目を向けると、どこの地域にも実は面白いものってたくさん転がっているんですよね。地域が楽しくなっていかないと、自分自身が楽しくないので、地域の豊かさに光を当てるような、面白そうだと感じたことをしたいんです。」

ないものではなく、あるものに目を向けて面白がること。それは、ブリコラージュ=「ありあわせのものを用いて自分の手でものを作る」という行為そのものだと感じます。少しの"気づき"で日常がもっと楽しくなる。秋重さんの眼差し、そして『gallery cobaco』は、そんな"気づきの魔法"に満ちているようでした。

取材協力:『gallery cobaco』 ギャラリスト 秋重 久美子さん
HP/Instagram
住所:福岡県朝倉市牛鶴109
Tel: 0946-22-3490

秋重さん企画の芸術実験プロジェクト、次回会期は2024年3月2日〜17日。


雑誌『家庭画報』とコラボレートした客室
「泊まれる九州のアートギャラリー」

現在、壱岐リトリート海里村上では、2024年6月14日までの期間限定で、雑誌『家庭画報』とコラボしたスイートルームをご用意しています。

今回ご紹介した、gallery cobacoの秋重久美子さんが監修を務め、九州の伝統工芸品やアートを設えた部屋で過ごし、お好みの器で一服のお茶を味わい、特別な器で料理を堪能いただけます。小倉織のブランド『小倉 縞々』などをはじめ、さまざまな九州のクラフトを実際に手に取っていただけるお部屋です。

2023年12月31日まで、ご招待キャンペーンを実施中です。抽選で1組2名様を「家庭画報スイート」にご招待。ご応募詳細はこちらをご覧ください。

<お部屋でお楽しみいただける、九州の手仕事>
小倉 縞々

「シンプルショルダーバッグM」
綿織物ながらシルクのような光沢があ り、使うほどになめし革のような風合 いへと変化する小倉織を用いた、「小倉 縞縞」のバッグ。持ち手が長く、肩に掛 けても、結んで腕にかけても使え、抜群 の収納力を誇る。

「KOKURA DENIM」
ソファー生地は、「小倉 縞縞」の生地製造元である小倉織物製造のファクトリーブランド「KOKURA DENIM」を使用。白と黒の杢糸(もくいと)を小倉織で培われた製織 技術で綾織にしたデニム生地は、肌ざわりが良く丈夫な上、独特の風合いと艶が増していく。
「縞折スリッパ」
極上の履き心地にこだわり、一足ずつ 丹精込めて製作されたスリッパ。小倉 織の特色、立体的なたて縞を最大限に 表現するスクエアデザイン。




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