「再考」中の目標 その7

「再考」中の目標 その5と6では、美人・料理は女性がするもの・対人援助つまり人のケアは女性がするものという私の偏見・差別意識から、自身の男性性を見直すことを試みました。今回は「再考」していることに関して書いてみたいと思います。
 現在のA型から資格(保育士や精神保健福祉士、調理師)を活用して転職するか、それとも現状維持のままかー今でもこの結論は曖昧なままです。今回も曖昧な結論になりそうですがお付き合いいただければ幸いです。
 私は現在、仕事で調理補助、家で保育士試験対策をしています。手前勝手ながら、大リーグの大谷翔平を思わせるような二刀流と言えるかもしれません。ただ、私はその中で何を最も重要と考えているのかというと、結論から言えば、それは「言葉」です。
 私はASD当事者の1人であり、言葉で具体的に説明してもらって初めて納得する人です。A型とは言え、本来、発達障害関連の本からすると、調理補助は飲食業ですから私には向かないはずです。しかし、職員からの「言葉」による説明-納得を繰り返したことにより、現在7年目に入っています。
 昨年受かった調理師試験にせよ、現在の保育士試験対策にせよ、そこには「言葉」があります。私は中学・高校時代と英語が得意でしたし、好きでした。大学はその気は全くなかったのですが、某外国語大学フランス語学科に進学しました。ただ、臨床心理士を志して2度退学しました。なので別の大学で臨床心理を専攻して卒業論文も書いています。ここまで振り返ってみても、私には常に「言葉」が傍にあったことが分かります。私は外大時代に学生相談室で、そして現在でも某開業心理機関でカウンセリングを受けていることからも、それは窺えます。ただ、現在有している資格である精神保健福祉士や調理師、試験対策中の保育士は行動が言葉に取って代わることが多いという印象を受けます。ゆえに、「言葉の民」のような私にはどこかで違和感が残ります。また、そんな私が上記の資格を含む行動を大事にする方々から口だけは達者という謗りは免れ得ないと考えています。
 言葉より行動が大事だ、言葉だけでなく行動してみるー別に否定はしません。ただ、それは行動が言葉より上にあり、言葉が軽んじられる危険性も残ります。ゆえに、言葉が貢献する余地はまだまだたくさんあると考えています。
 先にも書いた通り、私は臨床心理を専攻していました。そのためか、自分を含む人間の行動の意味を言語化することに最も興味・関心があります。その良し悪しを決める以上に、その意味を言葉で知りたいのです。行動を大事にしていたら、そこまで気は回りにくいと思います。言葉で全てが分かるとは断言しませんが、それは不可解な行動を考える上で大切になるはずです。
 私はnoteに掲載してきたものは全て「現場を踏まえて」書いてきたつもりです。いささか理想的だったり批判的ではあると思います。ただ「現場を踏まえた言葉」に仕上げるよう努めてきましたし、これからもそうしていきたいと考えています。そしてそのことを可能にする環境を切り拓きたいとも思っています。そう考えると、現状維持(A型)をした上での対人援助的な関わり(人助け)という形も悪くないかもしれません。ただこの形の前提はもちろん「言葉」です。人助けには様々な方法がありそうですが、そんな私のnoteでの「言葉」が少しでも助けになることを願っています。
 ここまで読んでいただいた方に深く感謝申し上げます。
 
 


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