電灯の灯、影でなく静寂を照らす
-これは私の心の…いや魂の叫びである-
ここは関西にある小さな町。
昔ながらの商店街には、もう何代も前から続いている老舗がある一方、跡継ぎがおらず店をたたみ看板よろしくシャッターに落書きといった店の方が多い印象を受ける。
この小さな町の担当になって丸3年。そろそろ異動の噂が流れているが、栄転は期待できない。
小さな町の担当であるのと、ノルマの達成率の低さが原因だ。自分でもわかっているし、そもそも新人研修の後すぐにこの町の担当になった時点で、期待されていないのも透けて見える。
同期がすでに結果を出していることを先輩にいじられるが、仕方がない。
研修の時も「もっと声張れよ、それじゃ聞こえねえよ」と散々怒られた。勘違いして欲しくないのは決してブラック企業とかではないこと。むしろホワイトだ。行く当ても無くフラフラしていた私を雇ってくれて感謝しかない。
私が地に足ついてないだけで、本当に周りは優秀な先輩ばかりだし、アドバイスも的確だ。
そして迎えたあの日。
***
「えー、本日は夏に向けてのそれぞれの意気込みを聞かせていただきたい。一年通して夏がトップシーズンであることは諸君も十分に理解していると思う。夏の結果が当然、秋以降の人事にも影響することはあえて伝えておく」
支店長の辻さんは最年少で支店長に抜擢され、将来を約束されているエリート。
そんな辻さんがこの小さな町に来たのは、立て直しのためだ。
辻さんが赴任して以来、それまではあるようでなかった『ノルマ』というものと向き合うことになり店舗全体の業績も右肩上がりを続けている。
私以外は……。
「原君、ちょっといいかい?」
会議が終わり、外回りに行く準備をしていると辻さんに声をかけられた。「はい、何でしょう?」と答えながら、なんとなく嫌な予感がした。
「君は私が赴任してから半年の間、一度もノルマを達成していないね。なぜ、君だけ結果が出ていない?」
「……… 」
「うらめしそうな顔でこっちをみるな。いいかい原君、こんなこと言いたくないがこのままだと残念な結果が待ってるぞ。この秋、君が異動になるのはわかっているだろ?この調子だと島流しにあうぞ?あそこに行くと帰ってこれない。オマエ、地獄に逝きたいのか?」
『オマエ』と冷たい声で言われた瞬間『ゾワッ』と悪寒が走った。完全に背筋が凍った。
結果を出さなければ……でも……。
「はっはっはっ。原君、わかったらやることだ」
『ポンッ』と背中をたたかれ、催眠が解けたかのように力が抜け膝から崩れ落ちてしまった。
辻さんは本物だと思った。数々の先輩たちをゴボウ抜きし、最年少で支店長まで登りつめ将来を約束された意味がわかった。
そして半月が過ぎた。
***
「えー、世間はお盆だが、休み返上でよろしく頼む。業績も1名を除きいい感じだが、最後まで気を抜かず乗り切ってくれ。原君の担当エリアは今日から私がつく。以上」
あれだけ釘をさされていたのに、私は結果が出ていなかった。試行錯誤したが、全く相手にされなかった。
島流しは覚悟出来たし、最後に支店長の技を見れるならそれでいい。ここに来るまで何年もフラフラしていたのだから、いまさら出世もくそもないのだ。
「3日でたったの2件……今日から私が担当するから、君は私の後をついて来るだけでいい。2件なんてのは1時間もあれば十分だ。行くぞ」
時刻はちょうど丑三つ時。
我々の仕事の時間。
人気のない商店街に我々は舞い降りスタンバイした。
1時間が過ぎた時、辻さんが話しかけてきた。
「えっ、これひょっとして誰も歩いてこないパターン?」
「まぁここはシャッター街ですし、周りじいちゃんばあちゃんなんで寝るの早いんですよ」
「なるほど。そう言えば、確か君の担当はこの先の公園も入っていたな?あそこは若い奴らの溜まり場になっているという報告があるぞ。行くぞ」
「あっ、支店長あそこは……」
辻さんは私の言葉を無視し、ゆらゆらと公園に向かって行ってしまったのでついて行くしかなかった。
「原君、誰もいないじゃないか!!どうゆうことだ」
「実は……」
公園に近づいてくる爆音によって私の声はかき消された。
「なんだこの爆音は?」
「隣町の暴走族です。この公園、あいつらの集会に最近使われ出したんです。それでみんな怖がって家から出なくなったんです」
「この町のやつらは幽霊よりも暴走族の方が怖いというのか?」
「そうです」
「馬鹿馬鹿しい。原君、情けない。私がしっかり幽霊の怖さを教えてやるよ」
そう言って辻さんは集まり出した暴走族の元にスゥーッと近づいて行った。
「う〜ら〜め〜し〜や〜。う〜ら〜め〜し〜や〜」
ものすごく冷たい声に私は震え上がった。そして先程まで大声で騒いでいた集団はピタリと話のをやめて辻さんに目をやった。
しーんと静まりかえり、真夏なのにひんやりとした風が吹いた。これが『幽霊』の本気だ。
暴走族が逃げ出すまで5秒あれば十分だ。
〈1・2・3・4・5〉静寂の中5秒が経過した。
その瞬間、暴走族が大笑いし始めた。
「ガッハッハッハ!!なんやこいつ!!ハロウィンはまだやぞ!?」
海外から来た『ハロウィン』はここ数年で急成長を遂げている我々のライバルである。実際『ハロウィン』にうちの何人かの幽霊が引き抜きに合い、問題視されている。
とりわけ我が社『お盆』は国内最大手であったが『ハロウィン』に一位の座を明け渡して以来、どんどん差が開き出している。
「君たち、『ハロウィン』と言ったな?う〜ら〜め〜し〜や〜」
辻さんは完全に怒りに満ちていた。20人近くいる不良相手に1人『幽霊』の誇りを胸に立ち向かっていく。
辻さんは顔だけこちらを向いて
「もし私が死んだら、後はたのんだよ」
そう言って暴走族の中に飛び込んで行った。
「支店長、もう我々は死んでますよ!!」
-これは私の心の…いや魂の叫びである-
おにぎりばかりだと喉が乾くのでお茶に使わせていただきます。