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ひとり旅をするおたく~伊豆大島一周編~#2

(四)

 自転車天国の伊豆大島には、大島一周道路というものがある。途中で山も通るものの、基本的には島の外側をなぞったわかりやすい海沿いの道路だ。景色もいいのでチャリダー達には好評のようだ。

 その道にそって最初は町の中を走りながら、どんどん町から離れて山の方へ近づいていく。ぺダルを漕いで島の風を浴びているうちに不安な気持ちはどんどん消えていった。それは故郷の埼玉にはない潮風を感じるからか、道路脇に当たり前のように植えてあるハイビスカスの花が南国の雰囲気が気分を盛り上げてくれたからから、もしくはその両方か。

 鼻歌を歌いながら坂を進んでいくと、早朝に船が到着した港がみえてきた。大島の北の玄関口、岡田港だ。眼下にはとても栄えているとは言いがたい、風情のある、言い方を変えれば寂れた街並みが広がっていた。到着時、日が登る前に見た印象と随分違う。ルートからはずれてしまうが、私はどうしてもその港町に降りてみたくなった。本来なら早めに一周をして宿を取った元町に帰ってきたいのだが「寄り道の無い旅など旅ではない」などと自分に言い聞かせて、私はその眼下の港町へ続くトンネルへ自転車を走らせた。

 さて、寄り道してみたものの、その場所には商店なども少なく(海風に晒されたおみやげ屋や飲食店が数店あるだけだ)住人らしき人にも誰にも会わなかった。きっとこの港は船がやってくる瞬間にだけ僅かな賑わいをみせるのだろう。

 寄り道したものの特にすることもないので、近くの小さな売店で買った大島牛乳アイス食べながら、港で海を眺めながらしばしの小休憩をとった。

これが実際のパッケージ

どこかタイムスリップしたような寂しさと懐かしさを感じながら、元来た道を戻っていると、先ほど通りぬけてきた長いトンネルが現れた。車など通る気配もないが、一応トンネル内は自転車から降りて押して歩いた。誰もいない薄暗いトンネルの中をひとりだけの足跡が頼りなさげにこだまする。

 その時私は不思議な感覚におそわれた。時間が止まった港町、自然、誰もいないトンネル。あまりにここは日常の喧騒からかけ離れている。

 私は大体旅をしている時、トクマルシューゴさんの音楽を旅のおともにしているのだが(これがまたメチャメチャ旅というジャンルに合っていて最高なので是非聴いてほしい)その時丁度イヤホンから流れていたのが昔のアルバム曲の「タイトロープ」という曲だった。淋しいような懐かしいような、昔味わったことのあるノスタルジーを背負ったその曲に、身体が、心が、風景に一体化していくのを感じる。ぶるりと鳥肌が立って、自然と目の奥が熱くなった。


 愛読している石田ゆうすけさんの旅エッセイの中に、とても記憶に残っているエピソードがある。スウェーデンだかノルウェーだかアイスランドだか忘れたが北欧のある国でが彼が出会った足が不自由な日本人の女性の旅人の話だ。

 ソニーのウォークマンが一番の宝物だという彼女に石田さんが理由を聞くと「素敵な景色をみながらぴったりな音楽を聴いていると相乗効果でもっと幸せになれるから」と答えていた。

 それが今の自分にはなんとなくわかる気がした。そしてその感覚が尊いことのように感じる。少なくとも自分の旅にはとても。

 その時に確かに感じたノルタルジアの心地よさを反芻しながら、トンネルを抜けて先を目指すのだった。

(五)

 伊豆大島の名物の一つに「椿の花」がある。実はあの薬局やドラックストアで売っている黄色いパッケージの「大島椿」の大島とはこの伊豆大島のことを指している。

そんな椿の名所である山の中の椿園に立ち寄ったものの、生憎季節外れで緑が覆い茂っているだけだった。旬の冬の終わりには美しい椿のトンネルが現れるらしい。是非またここに来た際にはその下をくぐり抜けてみたいものだ。

 椿園の隣に「海の見える動物園」と看板があったので覗いてみることにした。入場料無料というのでウサギやハムスターの類が数匹いるだけだろうと思っていたものの、案外敷地も広く、ゾウガメや猿やレッサーパンダといった定番のメンツも揃っていたり、都会の動物園では考えられないような広い土地にラマだかヤギだかが放牧されていたりとかなり楽しめた。観光客も親子に一組会ったぐらいで、普段は人気者の動物たちも間近で独占し放題だ。

「海の見える動物園」というネーミングセンスもいい。(正式名所は大島動物園だが。)高台にあるので青い空と向こうに広がる海が視界に広がっていて、とても気持ちがよかった。既に疲労はかなり溜まっていてヘトヘトだったが、愉快すぎてずっとヘラヘラしてしまう。

 おそらくその時の私は一種の興奮状態に陥っており、自身の身体の悲鳴が聞こえていなかったに違いない。自転車を借りた元町港を出発してから既にもう四時間ほどが経過していた。普段運動しない人間が四時間も自転車を漕ぎ続けたのだ。そりゃあ身体がガタガタにもなる。

 ここまで来るのにそれなりに山の中を通ってきたつもりだった。本当に森と、あと少し向こうに海が見えるだけでもう民家さえも見かけなくなった。しかし本当の試練はここからだった。言うならばこの海の見える動物園こそが最後のチェックポイントだったのだ。

 地図で見ると、この大島公園を区切りに一周道路は島の東側へと突入する。山越えがメインの東側には休めるような場所も無く、南の港町まで人間が暮らしている様子が見受けられない。大島一周の一番の難所はきっとここだろう。せめて道の先に何人かチャリダーがいたなら「ああ自分だけじゃないんだな」と不安も軽減されていただろうが、先の山道には人気もまったくなかった。野生のイノシシや熊に遭遇したら最後、逃げる元気も戦う技術もないので山奥で餌になるか孤独死するしかない。

 いや、でもここまで来てやめる訳にもいかないだろう。日が暮れてきてしまったらいよいよ本当に危険になってくるので山越えは早いほうがいい。どんなに遅くてもぺダルを漕いだ分だけ前に進む。ゴールは近づく。それだけは何があっても本当だ。

 水分補給用のお茶のぺットボトルを公園の自販機で買い足し、不安と疲労でどうにかなりそうな自分を奮い立たせて、私は長い山登りへと漕ぎだした。

#3へ続く

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