彼女が小説を書く理由
「私はね、諦める為に小説を書いているの。」
その日は、久々に会社の同期一同が会する飲み会だった。
基本的に客先に常駐している私は、久々に同期の顔を見て、心無しか安心感を抱いた。
社会人も3年目、なんとなく仕事のいろはが分かってきた頃だが、常に私一人だけが遅れているのではと不安を抱えていた。
だから、久々に見る同期達が、しっかりと3年分成長していながら、昔と変わらない姿をしているのを見て、きっと自分もそうなのだろうと安心したのだ。
飲み会も潮時、お調子者の集団が下ネタトークで盛り上がっている。
私は彼らとは少し距離を取り、席の端で焼酎を飲む彼女の隣に座った。
彼女は、仕事をしながら小説を書いている。
大学時代には、自費出版ながら本を出したらしい。
今でも忙しい仕事の合間を縫って小説を書き、新人賞なんかに応募している。
そんな彼女を、私は尊敬しながらもどこか羨ましく思っていた。
そこまで頑張れるものを持つ彼女。
そこまで頑張れる才能を持つ彼女。
私には無いものを、彼女は持っている。
「久しぶりね、仕事はどう?」
私達は何気ない会話を続けた。
向こうで騒いでいる集団がうるさいが、席の端に隣同士で座り私達には関係ない。
会話も盛り上がってきた頃、私は彼女に小説を書く理由を聞いてみた。
なぜ仕事で忙しい中でも小説を書き続けるのか。
なぜそんなに小説が好きなのか。
心の中では、「私が書きたいから」とかいうありきたりな回答が返ってくるだろうと思っていた。
彼女は、真面目な顔で少し考えた後、どこか遠くを見ながらこう答えた。
「私はね、諦める為に小説を書いているの。」
予想外の答えに面食らう私を尻目に、彼女は続けた。
「私は、自分には才能が無いと思っている。これまで何度も賞に落ちてきたんだから。
でも、だからって『はいそうですか』って諦められられる訳じゃないの。
もしかしたらって毎回思いながら賞に出している。
だから、『これだけやっても駄目なんだから』って納得したいの。
そうやって納得して、諦めたいの。
そのために私は、書き続けてるの。」
そう語る彼女の顔は、どこか清々しさすら感じられた。
きっと彼女は、ずっと苦しみ、ずっと悩み、それでも諦めきれなくて、諦めるだけの根拠が欲しくて、書き続けている。
そんな苦しみを、私は一度でも想像しただろうか。
表面だけを見て羨ましいと思うことが、どれほど浅はかだろうか。
そこからの会話は覚えていない。
酒を飲みすぎたのかもしれない。
ただ、私は彼女のようにはなれないと、納得して諦めたことだけは、確かに覚えている。
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