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【短編】心を結ぶ愛 (4)

 娘は、空腹なことさえ忘れ考えた。もう、神様にも会えないかもしれないと思ったとき、思い人のことが脳裏に浮かんだ。娘には愛する若者がいた。迷惑をかけたくないという思いから山に入ろうと考えていたが、それすらも叶わず、結局は若者を頼ることにしたのだ。娘は山を下り、自分の家とは反対の村の端っこに住む若者の家の前までなんとか歩いて行った。すでに体は冷え切って、足の感覚は無くなっていた。玄関の前で立ちすくむ若い娘の気配を感じたのか、家の中から、若者が現れた。そして娘に駆け寄って抱きしめた。

「何も言わなくていい。こんなに冷たくなって。これからは、俺がお前を守る」
「信じていいの」
「ああ、お前の分の食料を集めていたから、様子を見にいくことができなかった。ごめん、遅くなって。村人みんなにわかってもらおう、なんとしても」
「あ、り、がとう」

 娘は、か細い声でお礼を言うと若者の腕の中で気を失った。若者は冷え切った娘を抱き抱え、家の中の囲炉裏のそばに布団を敷いてそっと寝かせた。足元を温めるために毛皮をかけてさすって血の流れを良くしようとした。囲炉裏で、おかゆを作り、目覚めた時の準備もした。しかし、よほど精神的に追い詰められたのかなかなか目を覚まさない。若者は娘の横で今日もおかゆを仕込んでいる。いつ目覚めるか分からないので毎日三食おかゆを作っていたのだ。娘が目覚めない間、おかゆは若者の食事になっていた。若者の体力も少しずつ無くなっていった。

 若者は、この家に今では一人で住んでいる。すでに両親は亡くなり、両親が耕していた畑を一人で耕し、作物を育て近所の人たちとの交流も良好な関係を保って生活していた。しかし、娘が若者の家に来ているということが知れ渡ると、近所の対応は一変してしまった。近所といっても家同士はそれなりに距離があるので、意図的に近づかなければ話もできないほどである。しかし、娘が来る前は、とれたての作物を持ってきてくれたり、おかずも余分に作ったからお裾分けを持ってきてくれたりしていた近所が、全く近寄って来なくなったのだ。若者は自分が強くなければならないと自分に言い聞かせ、娘を守ることだけを考えていた。


<続く>


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山あいにある小さな集落での古い習慣に縛られた若い二人の愛の顛末を綴ってみました。 全編、無料で公開していますがサポートいただければ嬉しく思…

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