人格詐称 第十章
第十章 優の自問自答
優が行った殺人は、これまで二件だった。しかし、世の中は、その二つの事案は、自殺と事故ですでに決着していた。だれも優を逮捕に来ることはなかった。最後の殺人から五年が過ぎていた。平和な時間は毎日訪れていた。朝になれば、綾が朝食を運んできてくれる。優にとっては穏やかな日々が永遠に続きそうに感じていた。もう一人の優はすでに表に出てこなくなっていたし、殺人事件の記憶は、もう一人の優が持ったまま心の中に閉じこもってしまった。
暖かい日差しと心地よい風、全身で幸せを感じながら、優は両親のことを思い出していた。そして、自分に問いかけていた。
「僕は間違ったことをしたのかな」
「僕がやったことはみんなのためになってるのかな」
「悲しむ人はいなかったのかな」
「僕自身の心は幸せになったのかな」
「お父さん、お母さん、僕は正しかったのかな」
誰も答えてくれない。優はだんだん自分という人間が理解できなりつつあった。お父さんとお母さんは、いつでも正しいことを判断し実行する人だった。
「僕はどうだったんだろう。正しい行為だったのかな。だれも捕まえにきてはくれなかったな。捕まらないということは悪いことをしていないということなのかな」
優は、両親を失ってから、自分の暴走を止めてくれる人が欲しかったのかもしれない。だからといって、優が行った行為は決して許されない。段々と今の優もそう思い始めてきた。
「僕のやったことは決して正しいことではなかった。でも、僕が興味をもったことでもあった。自分には正直だったんだと思う。やってはいけないことだったかもしれないけど」
いつものように香りのいいコーヒーを飲みながら新聞を見ていると、すでに六年経ってしまっている最初の事件に関係する記事が出ていた。
「六年前に業務上横領をして自殺をした今村くるみの賠償金を返済していた今村の両親は、資産を全て処分してしまい、今後の返済ができないことを苦にして心中しているところを自宅で発見されました。死後五日経過していたようです。第一発見者は近所の住民で回覧板が回ってこないことを不審に思い、裏に回って窓ガラス越しに発見したそうです。遺書も見つかっており、無理心中自殺のようです。賠償金返済のために高い金利での借金の返済に目処をつけることができなかった模様です」
記事を読んだ優は、最初の事件をフラッシュバックのように記憶の底から蘇ってきてクラウドに保存されているスケジュールをタブレットで確認するように見ていた。
「このご両親には悪いことをしたな。でも子供が横領していたことが明るみに出て償えたのだから僕に感謝してもいいかもしれないな。あの時の彼氏は何か罰を受けたのかな。記事には見当たらなかった気がするけど。たしかホストだったような記憶が微かにあるけど。まぁいいか。まるで昨日のようだな。あの時のクルージングは。そういえば綾というお手伝いさんもいた頃だったな。今頃綾はどうしているんだろ。結婚でもしたのかな。あんなに良くしてあげたのに、勝手に辞めて行ってしまったんだよな。そろそろ、綾にはお仕置きが必要な時期に来たのかな」
心の奥に眠っていたもう一人の優が、この記事を見たことをきっかけに、また、表に出てこようとしていた。優の頭の中は、もう一人の優に支配されることを拒否していたが、徐々に意識が混濁していくのを感じていた。
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