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【ファンタジー】海中のお友達

「小説アマビエ」の企画に応募した短編小説です。


 熊本県の夜の海に光るものが出る、という話を聞き役人が見に行けば、海に住むアマビエという者が現れた。「これより六年は豊作だが、同時に病も流行るので、私の写しを人々に見せよ」と言って、海の中に消えた。そして、それから数百年が経過した。アマビエは、長く足元まで伸びた毛と鳥の嘴のような口が特徴的だ。残念ながら妖怪であるため性別は定かではない。しかし、海の中で生活するために困らない水掻きが手足にはついていた。特徴のある姿だけに、遭遇する人間は毎回恐れ慄いていたのだった。

 アマビエは、今の腐敗した人間界の状況を嘆き、しばらくは人間たちのいる場所に近づくのを止めようと考え、世界の海の中を彷徨い始めた。しかし、人間界の出来事は否応なくアマビエの頭の中にテレパシーで伝えられるかのごとく届けられ続けた。

 世界中がウイルスの脅威に晒され、各国が足並みをそろえない対応を続けていることも知っていたし、偽りの正義のために侵攻がまことしやかに実施され、周りの国々は停止させることすらできないでいるということも知っていた。アマビエは、人間のエゴを目の当たりにしているようで、辛かった。本当は優しい人間が多いはずなのに、優しい人間は大抵封じ込められてしまう地上界に対し、ため息しか出ない日々を送っていた。そんなある日、アマビエは日本を離れてみようと決断し旅に出た。日本を離れるのは生まれて初めてのことだった。拠点は熊本ではあったが、日本に関しては沖縄から北海道まで時折様子を伺いに回遊はしていたのだ。しかし、あくまでも日本の領海を回遊していたに過ぎなかった。

 アマビエは、肥後国の海から出て、東シナ海、南シナ海を彷徨い、インド洋を抜け、大西洋に回り込み、北海をデンマーク沿いに回ってバルト海に入っていった。途中でひどい嵐の海にも出会った。日本では経験したこともない海流や波の強さも味わった。嵐の中に入った時は、嵐に耐えきれず沈没してしまった船も何艘か見てしまったが、どうすることもできずただ回遊していた。当てがあるわけではなかったが、黒海には近寄っても虚しいだけだと感じ北上した結果、何かに惹かれるようにバルト海への入り口に入っていた。アマビエはいつもは一人で行動するので連れはいない。時々、無性に誰かと話をしたくなる時が訪れるのだが、必ずと言っていいほど、人々に降りかかる不幸が見えてしまう時と重なっていた。そんな時には暗い海の中から光と共に現れ、正直で優しい人間を見つけてメッセージを投げた。本当は語り合いたいのだが、人間の方が驚き畏まってしまい、会話にはならない。仕方なくメッセージを伝えると海の中に戻るしかなかった。アマビエは孤独だった。

 デンマークを回ってバルト海に近づいた時、誰かが後ろから話しかけるような気がした。もしかしたら歌っているのかもしれない。しかし、こんな沖合のしかも海中で歌える人間はいないだろうと思い、そのまま泳いでいた。すると突然「どちらからいらしたの」と横から近づいてきた女性に声をかけられた。しかも水深30メートル以上の水中で。アマビエは、これまでは日本の周りを回遊してばかりだったので世界を知らなかった。日本すなわち大和国を見守るために肥後国の海中にずっと居たのだ。それが、今回初めて日本の領域を出ていろんなところを見て回っていた。見て回ると言っても、海中の中だけのことではあるが。

 声をかけてきた女性はみるからに美しい人間の女性に見えた。しかし、全く苦しそうにしてはいないし、素顔のままでぱっちりと大きい目を開き、長いブロンズの髪を海中でたなびかせていた。しかし、よく見ると上半身はまさしく人間の女性だが、下半身を見ると足の代わりに尾ビレが見えた。しかも腰から下は美しく輝く鱗を纏い、美しくしなやかな光を放ちそうな尾ビレが先端に付いていた。アマビエは、人魚の存在を知らなかった。気がつくと、同じようなすがをした人魚が幾人か周りに集まってきて、物珍しそうにアマビエを見ながら周りを泳いでいた。

 「君たちは、だれですか」アマビエは尋ねた。人魚たちは、自分達を知らない人がいるんだとでも言いたげな不思議そうな顔をして、「私たちは人間からは人魚(ハゥフル)と呼ばれている存在よ」と答えた。アマビエは「やはり人間ではないのか、それならこんな海中にいることも不思議ではないな」と思い、これまで話し相手がいなかったせいもあり、人魚にとても興味が湧いてきた。

「僕は人間からアマビエと呼ばれている。人間からみると妖怪みたいな存在かな。あなたたちみたいに綺麗でもないしね。あなたたちは、みんなここで暮らしているのですか」
「そうよ、ここが私たちの家。他の国にも私たちの親戚みたいな人魚がたくさんいるわよ。国によって呼ばれ方が違うけど、人魚にはかわりないのよ。でも、遠いからほとんどあったりすることはないけれど」
「それはうらやましいな。僕には家族も親戚もいない。たった一人だから」
「ええー、じゃあ、私たちがお友達になってあげましょうか?」
「本当に? それはとってもうれしいな。でも僕が住んでいるところはここからは随分と遠いんだよ」
「へぇー、何処からいらしたの?」
「日本という国だよ」
「日本?」誰一人として聞いたことは無かったようだった。それでアマビエは、普段いる熊本の海の話を人魚たちに聞かせた。そして、自分の役割の話になり言いにくそうに伝えた。
「僕は正直でやさしい人間たちが大好きなんだ。だから、何か良くないことが起きる前に海から少しだけ出て人間たちに警告するんだよ。特に疫病とか流行りそうになる時は疫病に罹らないでほしいから、僕の似顔絵を配ってもらうんだ。そうすると、僕はその似顔絵と意識を通じ合わせることができるから、疫病にかからないようにしてあげることができるんだ。最も、かかってしまった人間を救うことはできないんだけどね。あなたたちは人間との関わり合いはあるのかい?」
「私たちは、いつも勘違いされているのよ。私たちは嵐がくる時に船に乗ってやってくる人間にこれ以上近づいちゃだめよって思って、歌うの。でも、人間は歌が好きだからどんどん近づいてくるのよ、そうしたらせっかく教えてあげたのに嵐の中に入ってしまって沈没したりしてしまうわ。本当は助けたいのにほとんど逆効果なの。だから、最近は嵐が来るって分かっていても人間の前には出ないようになってしまったの。だから人間たちはそのまま嵐に入ってしまって結局沈没してしまう事故が多く起きてるの。悲しいわ、とっても。だからね、人間は私たちを出会うと不吉で沈没されられてしまう存在だとずーっと思っているのよ。私たちは助けてあげたいと思っているだけなのに」

 人魚たちは人間を助けたくて美しい声で歌い、危険を知らせていたのだがどうしても人間はその声に魅了され吸い寄せられるようだった。結果、その時の船は嵐に呑まれて沈没してしまうらしい。アマビエは、自分と似たような境遇なんじゃないかなと思った。救ってあげたいのにその気持ちが待つすぐに届かないんだと。

 アマビエと人魚たちは、次第に打ち解けていった。お互いに、他の存在の交流することがほとんどないので新鮮な出会いだったということもあったかもしれない。アマビエは、今世界で起きているウィルスや侵略について人魚たちに話をした。一部の人間のわがままで世界が引っ張られていることは良くないと訴えた。人魚たちも同調してくれた。しかし、だからどうすればいいのかというアイデアは出なかった。それも仕方ないことである。人間のことに対して、口を挟みすぎるのはいけないことだと共に思っていたからだ。

 アマビエはお互いに海に住んでいるもの同士で力を合わせれば何かできるのではないのかと一生懸命考えた。そして、人魚たちに提案した。
「あなたたちは、本当は人間が嵐に巻き込まれて死ぬことをのぞんでいないのですよね」
「そうよ。だから歌を歌っていたのに、人間たちはそれを理解してくれないの」
「だったら、人間たちが逃げるべき方に行って歌ってあげればいいんじゃない」
「えっ、あー。なるほどー。アマビエさんって、とっても頭がいいのね。私たちは何百年も悩んだというのに。これからはそうするわ。ねぇ、みんな。もう一度活動再開しようか。親戚にも知らせなきゃ」人魚たちの間では目から鱗といった具合に意気投合した。

 アマビエは、何でこんなことに何百年も気づかないのかなとおもったが、ハッとした。「そうか、自分自身の行いは正しいと信じているから気づかないんだ」と。
そして、自らを反省してみた。「僕は、腐敗していく人間界を嘆いているだけで手を差し伸べようとしていなかったのかもしれない。差し伸べなければ誰も気がつかないじゃないか。たとえ、それが無駄になったとしても、きっといつか気づいてくれる人間が現れると信じるべきなんじゃないか。僕が諦めてしまうということは、助かる命すら見捨ててしまうことになるんじゃないか」と思い始めていた。

 今度は、人魚たちから誰からというわけでもなく、提案がなされた。
「ねぇ、アマビエさん。あなたは一人なのでしょう。私たちはご覧の通りたくさんの仲間がいるわ。でも、より多くの世界中の人間を助けるためには、ここにとどまっていてはダメだということをアマビエさんに出会って分かったような気がするわ。できるなら、わたしたちと一緒に世界の海を巡りながら、人間たちに危ないことが起きるかもしれないことを教えて回りませんか」
「みんな凄いなぁ。僕は、人間の対応が半ば嫌になってずーっと旅をしていたけど、みんなの言う通りだね。是非、皆さんの力を貸してください」
「私たちは、アマビエさんの知恵を借りれるから貸し借りなしね。これで地球上に住んでいる多くの優しい人間を救うことを考えましょう」
「そうだね。そうしよう。一部のどうしようもない考え方を持った人間もいるけど、僕らは優しい心をもった人間を助けることを協力してやっていこう」

 こうして、予期しなかったアマビエと人魚たちの協力体制が出来上がった。話し相手が欲しかったアマビエは自分の不甲斐なさを反省すると共に、もっと前向きに地球という環境にすむ人間たちに寄り添おうと考えていた。

 月日は流れて300年が経った。人魚とアマビエの協力体制はより強力になり、人魚が現れるところにはアマビエも現れるというくらい、人々の間で人気が広がっていった。また、船乗りたちは、人魚がいる方に舵を切れば嵐を回避できるということが広まっていった。同様に、アマビエの似顔絵を持っていると広がっているどんな病でも終息されていくということも広まっていった。

 いつしか、地球上に住む人間は、人を憎むという心がなくなり、国と国の争いも無くなっていった。選考や侵攻は遠い昔の歴史上の話として伝えられているだけになった。アマビエが描いていた人類の姿に限りなく近づいている。

 アマビエは、ふらっと出てしまった旅で予想以上の成果を得て、満足していた。そしてそれは人魚たちも同様であった。これからは、お互いに住んでいる場所を行き来し、同様に心を痛めている神の使いや妖怪を探し、地球全体で人間と共存する体制を気づいていこうということで合意していたのだ。

 人間たちは、アマビエや人魚たちの献身的な行為を知る由もなかった。しかし、心優しい人間たちは、人魚やアマビエに何度となく助けられ、生き抜くことができていたのも事実だった。反面、戦争や侵攻を扇動していた人間は、少しずつ病に倒れていき最終的には一人もいなくなってしまった。

 新しい時代に突入し、新しい考え方を持つアマビエや人魚たちとなった。これからも人間たちへの支援が継続して続くことだろう。
 彼らが人間に裏切られ愛想を尽かしてしまわない限りは永遠に気遣ってくれるだろう。だから人間も優しさを忘れずに生きていかなければならない。

 皆さん、今後アマビエに出会った際には、決して恐れることなく、ニコッと微笑んで優しく話しかけてあげてください。そして、言ってください。

「これからも、我々人間を見守っていてください」と。


これは以下の募集企画に応募した掌編小説です。


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