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【SS】指の落とし物 #春ピリカ応募

タイトル : 指の落とし物


 コンコン、新宿のビジネスホテル503号室がノックされた。

「恐れ入ります、田中様。フロント係です。確認したいことがありお伺いしました」

 田中は宿泊の際に使った偽名だ。中にいた金田小吉は、ビクビクしながら覗き窓から確認し、用心しながらそっとドアを開けようとした。すかさず外から手が中に差し込まれ、ドアに指をかけ開けようとされた。金田は反射的に力の限りドアノブを引っ張り返してドアを閉じロックした。

 グチッという嫌な音が聞こえたが、気が動転してそれどころではない。咄嗟にここにいては危険だと考え、出していた荷物をカバンに無造作に詰め込んだ。入口のドアに戻り覗き窓で外を確認するが誰もいない。どうやら退散したようだと確信するとバッグを抱え、ロビー階を通らずに防犯カメラに気をつけながら金田は俯いてホテルを後にし、路地で帽子とジャケットを取り替えた。

 異変に気づいたフロントは、503号室へ確認に行き合鍵でドアを開け、踏込に三本の指が落ちているのを見てすぐに警察に通報、駆けつけて来た警官は指を回収するとともに鑑識に回した。血液型はB型で前科はなく、男性の右手の人差し指、中指、薬指だと判明した。これだけの怪我なのに被害届も出ていないし近くの病院からの通報もない。部屋を使っていた客の指紋は大量に採取され、のちに指の持ち主ではないと判断された。予約された名前は偽名で宿泊費は全て現金で支払われている。現金払いする客はほとんどいないため、支払った紙幣は特定され、警察に押収された。

 紙幣の番号照合で新たな事実が発覚。数日前に発生した小料理屋強盗事件で奪われた紙幣の一部だと判明した。急遽捜査本部が設置された。最初三本の指はこの犯人の指だと考えられたのだが、室内の指紋と一致しなかったため傷害事件と併せて捜査されることになった。程なくして、渋谷のビジネスホテルに潜伏していた金田がホテルからの通報で見つかった。間抜けにも同じ偽名を使っていたのだ。逮捕された金田はホッとしたのか正直に答えた。

「申し訳ありません。闇カジノで借金を作り強盗をして逃げました。でも見つかったんです。フロント係に扮した男が部屋に入ろうとして来たので、力任せにドアを引っ張って閉めたんです。そしたら、男の指がちぎれ、男は去りました。私は怖くなり慌てて逃げました」

 この証言を元に、警察は闇カジノの摘発を行った。しかし、金田のところに取り立てに来た川島という男にはちゃんと指がついていた。男は慌てる様子もなく「知らないね」と言い張っていたのだが、事態は急変した。近くの河川敷で右手を切り落とされた男の死体が発見されたのだ。三本の指がない右手は公園のゴミ箱から発見されこの男が三本の指の持ち主だと判明した。この男も闇カジノの客で、借金を払えずに殺害されたのだった。死体の左手には百円ライターがしっかりと握られており、川島の指紋が付いていた上、川島のマンションからは糸鋸が見つかり逮捕された。脅すために利用された右手の三本の指が、三つの事件を解決に導いてくれたような結末だった。


文字数 1199文字 (「了」含まず)
お題  指を内容に含みテーマになっていること


下記企画への応募小説です。
ショートショートでミステリーを書いてみました


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