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人格詐称 第九章

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第九章 婦人警官の恋人


 殺害された女性警官浦上恵子の恋人は、同僚の警察官でもある山下次郎だった。次郎にしてみれば、もうすぐ結婚する予定だった恋人をいきなり失った悲しみは耐え難いものだった。しかも、事故死として処理された事案でもあり、自分が第一発見者でもある。そして、現場保全を怠ったため、次郎は減俸処分まで受けていたのだ。心情を考えると同情せざるをえない状況に置かれた次郎であり、警察署の同僚からは多くの励ましの言葉をもらっていた。

 しかし、次郎の背景には複雑な事情があった。亡くなった恵子の実家は、山梨県で何件ものほうとう料理店や土産物店を経営している裕福な家庭だった。しかも、恵子は三姉妹の次女であり、長女も三女もすでに結婚して家を出ており、後継がいないという問題を抱えていた。そこで、恵子は婿養子になってくれる人との結婚を前提としており、結婚が決まったら警察官を辞めるつもりでいたのだった。

 そんな恵子の実家の環境を知り、次郎は恵子に近づいていたのだった。お世辞でも美人とは言えない恵子はなかなか恋人が出来ず、恵子は三十歳を超えた時には焦りをも感じていた。そこに、優しい同僚を装って次郎は恵子に近づき、結婚を前提とした付き合いを申し込んだのだ。もちろん、婿養子を前提として。恵子にとっては渡りに船だったし、頼り甲斐も感じていた。それが、一年前のことだった。

 次郎には抱えている問題があった。警官でありながらギャンブルにのめり込みサラ金に多額の借金を作っていたのだった。多額と言っても六百万程度なのだが、利息が高いのであっという間に金額は増えていった。しかし、恵子と一緒になることで、実家の資産を受け継ぐことができればなんとかなると計画していたのだ。借金しているサラ金にも、来年まで待ってくれれば一括返済するという言い訳で返済を猶予してもらっていた。ところが、肝心の恵子が結婚の前に死んでしまったので、全てが水泡と化してしまい、取り立ての恐怖が目前に迫りつつあったのだ。次郎の実家はすでに両親を含め全員他界してしまっており、資産もない。天涯孤独の状態だったのだ。頼る友人もいないし、ましてや署内で相談するわけにもいかない。次郎は恵子の事故死を境に、人生が大きく転落していく感じを身をもって認識していた。

「これで、俺の人生も終わりだな。来月には厳しい取り立てもやってくるだろう。そうしたら警察署内でも知ることとなり、懲戒免職になるだろう。もう、無理だな。生きていくのは。恥を晒して生きながらえるくらいなら思い切って自分で自分の人生の幕を引こう。せめて死んだ後は綺麗な話になるように、恵子の後を追うような遺書を残すとするか。もう思い残すこともないし」

 そして、次郎は綺麗な服に着替えを済ませて、アパートで自殺すると大家さんに迷惑を翔だろうと思い、できるだけ人に迷惑にならないように西湖のほとりまで車で行って、人気のない場所を見計らって、安全装置を外した拳銃を自分の頭に当てた。

「パーン」

 一発の拳銃の音が湖の上で響き渡りこだました。カヌー遊びをしていた人たち、釣りを楽しんでいた人たちが、驚いたように音のしたほうを探した。すでに次郎は湖のほとりに前のめりに倒れ込んでしまっていたので、湖からその姿を確認するのは困難だった。しかし、道路から湖に入っていく道沿いに一台のカローラが止まっているのは数人の人が見ていた。そしてその方向から音がしたので、何人かは車の方に駆けつけてきていた。

「うわっ、人が死んでる。警察に電話だ。あと救急車も」

 誰かが叫んだ。十五分くらい経ってパトカーが二台、救急車が一台やってきた。警官が駆け寄って叫んだ。

「山下、山下じゃないか。おい、次郎、しっかりしろ」

次郎が手に持っていた拳銃が外され警官は保管した。同時に救急隊員が次郎の呼吸と脈を調べ、その場にきていた警官に知らせた。

「残念ですが、すでに亡くなられています」
「なんで、こんなことを」

 その後、次郎のスマホから遺書と思われるメモが発見された。そこには、「恋人が死んでしまい、生きていく自信がなくなりました。署員のみなさん、おせわになりました」と綴られていた。恋人の後を追っての自殺だとその時には処理された。しかし、そのことがニュースに流れると同時に、ネット上で実はサラ金の借金があって、苦にしたのは借金の方だったはずという書き込みがあり、同僚たちは釈明に追われる日々となってしまったようだった。次郎の自殺は結局、大迷惑をかけることになった自殺だったのだ。


つづく


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