見出し画像

マラソンのペース配分について考える【その1】— キプチョゲ選手の自在なペース配分 — (後編)

みなさんこんにちは!
ONE TOKYOスタッフのまゆゆです♪

先週の記事はいかがでしたか??

今週はその後編をご紹介!
ランニング学会の会長としても
日々様々なテーマでランニングを研究している
東京マラソン財団の伊藤理事長が
「東京マラソン2021」の振り返りを
綴っておりますので
ぜひ最後までご覧ください♪
(面白い!へぇ~なんて思ったら
ぜひハートのボタンをぽちっと
押してください♪)

********

■マラソンのラストスパート


ところで、
ベルリンおよびウィーンの公認、
非公認世界記録レースで遺憾なく発揮された
キプチョゲ選手のラストスパートが
東京マラソン2021では
十分発揮されませんでした。
どうやら風の影響であったようです。
常になく強い向かい風であったというのが
選手や大会スタッフから聞かれる
感想でした。
向かい風の影響を数値化するのは難しいのですが、
他のエリート選手たちの
最後のラストスパートと比較しながら
その影響を探ってみることにします。

図2に、男子選手上位50人のマラソンの最終タイムと
最後の2.195kmのラップタイムとを
プロットしてみました。
やはり、最も速いラストスパートを記録したのも
キプチョゲ選手でした。
強い向かい風に抗して、
懸命なラストスパートで
最高のパフォーマンスを発揮していたことが
推測できます。
気温が低く風があまりない
気象条件のよいときのような
ラストスパートとはいきませんでしたが、
世界のエリートランナーと伍して競い、
途中まで世界記録ペースのラップタイムを刻みながら、
なおかつ最後も
最も秀逸なラストスパートを発揮していたのでした。

図2 東京マラソン2021の最終記録と最後2.195kmのラップタイムとの関係


また、このグラフで気付くのは、
マラソンの記録がよいランナーほど
ラストスパートも速いという傾向がみられることです。
とくに、上位選手の中ではこの傾向が顕著です。
言い換えると、
ラストスパートの速い選手ほど
マラソンの成績もよいことになります。
これはちょうど、
トラックの5,000m、10,000mのエリートレースに
当てはまる特徴といえましょう。
トラックの長距離レースでは、
エリートランナーたちは例外なく
素晴らしいラストスパートを発揮して
記録を更新しています。
マラソンのスピード化と言われて久しいのですが、
そのスピード化はまさに
ラストスパートに象徴されるのではないでしょうか。

マラソンは、トラック競技とは異なり
環境の変化に強く影響されます。
その日の気温や今回のような風の強さ、
あるいはコースの起伏などなど。
マラソンランナーたちは、
そうした環境変化に無理にあらがうというより、
むしろそれをうまく柔軟に受け入れつつ、
そのときの実力を最大限に引き出す
努力をしているかのようです。
今回の東京マラソンの
キプチョゲ選手のラストスパートは、
そんなことを物語っているように思えてなりません。

図1にみられるように、
キプチョゲ選手のレースが一様ではなく
多様なパターンを示しているのも、
そうしたマラソンの特性を
表しているからだと考えたいのです。

図1 キプチョゲ選手の主なマラソンレースにおけるラップタイムの比較


ところで、
陸上競技では見慣れたラストスパートですが、
これを生理学的に説明しようとすると
意外に難しくなります。

マラソンの記録を制限する
生理学的因子として必ずあがるのが、
エネルギー源となる糖(グリコーゲン)です。
体内に貯蔵できるグリコーゲン量には
限りがあります。
もう一つの重要なエネルギー源は
豊富に蓄えられている脂肪ですが、
速く走ろうとすればするほど
限りある貴重な糖をより多く
使わなければなりません。

したがって、
速いスピードでしかも長時間走るマラソンでは
グリコーゲンの量(枯渇度)が
マラソンの記録を規定する、と
古くから考えられてきました。
今日もこの認識に変わりはなく、
科学的常識でもあります。

それでは、グリコーゲンの消耗が
極限に達していると考えなければならない
マラソンの40km過ぎで、
なぜキプチョゲ選手のように
最も速いスピードを
発揮できるのでしょうか?
また図2をみても、速く走っている選手ほど
グリコーゲンの消耗が大きいはずなのに、
ラストスパートが速いのはなぜでしょうか?
速い選手ほど、余裕を残しながら走っている
ということなのでしょうか?

このあたりについては、
現在いろいろな研究が行われ、
諸説が展開されています。
もう一つのエネルギー源である脂肪の使い方、
あるいはエネルギーコストのかからない
ランニングフォーム(ランニングエコノミー)など、
様々な要因について議論が交わされています。
いずれにしても、
グリコーゲンの枯渇だけが
マラソンの制限因子ではない、
というのが今日の科学的な考え方である
と言って差し支えないでしょう。

今回のコラムでは、
現在世界マラソンランナーの最高峰である
キプチョゲ選手について、
彼のレース配分の特徴を探ってみました。
その結果、二つのことに気付かされます。

一つは、彼のペース配分は
必ずしもイーブンペースではないことです。
マラソンの理想的なペース配分は
イーブンペースという古典的な常識がありましたが、
どうやら生身のランナーには
そのまますんなり当てはまらないようです。
もう一つは、
マラソンという超長距離走種目においてすら、
ラストスパートがマラソン全体のパフォーマンスに
大きく影響していることです。
また、エリートランナーの間では、
この認識が次第に強くなっているようにも感じられます。
マラソンのペース配分をエネルギー論だけで考えると、
実際のレース結果とは矛盾してきます。
このあたりが、マラソン研究の神秘的で
魅力的なところだと思います。

最後までご覧いただきありがとうございました。
また今後もこのコラムをお借りして
様々な内容についてつれづれに綴ってみたいと思います。

ご興味のある方、お付き合いいただければ幸いです。
ありがとうございました。

********

『理事長の部屋』を前編・後編と
2週にわたって掲載させていただきましたが
みなさんいかがでしたか??

よろしければフォロー&スキ&
感想や今後理事長に聞きたいことがあれば
コメントよりお送りください(^^)

次回は6月3日(金)投稿予定!
内容は今年10月に初開催となる
もうひとつの東京マラソン
東京レガシーハーフマラソン2022」についてです!

お楽しみに~♪

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?